+++
また、居るのだろうか。あの人はまたこの場所に来るのだろうか。
踏み切りと向き合う形で立ちすくむ。カンカンカンという音はまだ聞こえてこない。あの人も、まだ居ない。
手伝ってやろうかというのは、私の飛び込みを手伝う、ということだろうか。このままここに居たら、私はあの人に殺されてしまう……?
……でも、それで良かったはず。だって私は死にたいのだ。だから毎日毎日ここに来ているのだ。それなのに私は馬鹿で、グズで、間抜けだから、一向に目的が達成されない。もうあの人に一思いにやって貰った方が良いに決まっている。
あの人がどんな人だろうとしても、あの人のやる事と私のやりたい事は同じものなのだから、だから良かったはず。なのに、それなのに。
「まだ居んの?早く決めろよ」
「!」
音もなく、やっぱりまたこの人は現れた。真っ黒な髪に真っ黒な服装で、気配もなく訪れるこの人は一体何? この人は誰? 私を急かす目的は? それが分からないから、怖い。……いや、それだけだろうか。なんだかこの人は、やけに怖い。
「? 何だよ。言いたい事があるなら言えよ」
「……」
「はっきりしねぇなぁ。いつまでこんな所に居るつもりなんだか。そんなにここが好き?」
「……」
ここが、好き?そんな訳はない。好きでこんな所に居る訳じゃない。誰がこんな所、こんな事、誰が、誰のせいで私はっ、
「わ、私だってこんな事、本当はやめたい!」
「あ? やめたいの?」
「でもやるしかないんだもん、仕方ないんだよ! だってこのままじゃ何も変わらない! 誰も私を見てくれない! ずっとこのまま生きていくならもう、私はもうっ、」
「死にたい?」
「!」
ハッとした。真っ黒な男の人は今、私の目の前にいる。
「決まったな。だったら手伝ってやるよ」
その人は私の肩に手を置くと、くるりと身体の向きを変えさせて踏み切りと私を向かい合わせる。
「遮断機の外に居たって轢かれねぇよ。来る瞬間で入れないんなら、ちゃんと中で待たないとな」
背中を押されて一歩、一歩と前に出る。そこはもう遮断機の内側。
カンカンカンと警告音が鳴り、遮断機が降りてくる。いつもとは違い、私の背後で。ガタガタと身体が震え出す。息が上手く吸えない。鼓動の強さで身体が可笑しくなりそう。カンカンカンと、音が頭にガンガン響く。電車のライトが、遠くに見える。それが段々近づいて来る。
轢かれる。電車に轢かれて、私は死ぬ。このままここで、死んでしまう。
死んでしまう……!
一歩後ろへ下がろうとして、遮断機が腰の辺りにぶつかった。もう戻れない、どうしよう。怖い、怖い、怖い!
振り返ると、遮断機を挟んだ後ろ側にぴったりと立つ男がニヤリと笑った。近い距離で目が合ってようやく分かった。彼はずっと私の死を楽しみに待っていたのだ。だって彼は、人じゃない。彼は人間では無かったのだと、今知った。人間では無い、何か別の、
「大丈夫。ちゃんと押してやるから」
そう言う彼の真っ黒な瞳は何も映していなくて、ただそこには暗い闇がどろりと渦巻いていた。人間の目では無い。そこに情は何も無い。辺りの音が段々大きくなる。ガタンゴトンと、速いスピードのまま電車が近付いて来る。足がすくんで全く動かない。身体が震えて立っているのがやっと。怖い、怖い、死んじゃう、殺される、死にたくない!
ドンッ
強い力で背中が押されて、突き飛ばされるように線路へ飛び出すと電車はもう目の前だった。もうどうにもならない。ギュッと目を瞑って、衝撃に身構えた。想像絶する痛みが身体を襲う——っ、