いや。

いやいやいや。

どういうことだ。
……女?
クローディアとは、誰だ?

私は、クロード・リヴィエール。王国転覆を目論んだ大罪人のひとり。クローディアなどという名前ではない。自分のことだ、間違うはずもない。

……というより。
そもそも私は男だ!


「待てっ、クローディア!」
「ロディ!」

 ――だめだ、と思った。
 そして気が付けば、混乱のあまりか勝手に足が動き出していた。

腕を掴む兄の手を振り払い、姉の脇をすり抜け、何も考えずに足を動かす。『いつも』兄が落ちこぼれの『俺』を叱責するのに使っていた談話室を飛び出し、「お嬢様⁉」と、『なぜか』私を見て叫ぶ使用人たちを横目に、エントランスを走り抜ける。そして重い扉を無理に押し開くと、転がり出るように屋敷から外に出た。

そして目に入ったのは、抜けるような青空だった。
冬にしては温かい風が頬を撫でていき、長く伸びた黒髪を揺らす。

眩いばかりに地を照らす太陽が、自分の立つ芝生が、屋敷の中から呼ぶ声が、吹き抜けていく風が、揺れる庭木の花々が、目の前にあるもの全てが現実そのものであると語り掛けてくるようだった。


そんなことは、有り得ない。
有り得ないはずなのに――この光景が走馬灯の続きであるとは、到底思えなかった。


「まさか、いや、そんな……、

 ――え??」


 猛烈な嫌な予感に目を背けて思わず呟き……そして、愕然とした。

 ――なんだこの、甲高い声は。


「そんな馬鹿な話がある訳がない。私が」

あわてて、自分が纏っている服を探る。
そこで、羽織っていた薄手の上衣のポケットが、膨らんでいることに気がついた。
恐る恐るそのポケットに手を差し入れ、そこに入っているものを取り出す……それは、手鏡だった。雫を象ったリヴィエール家の紋があしらわれた瑠璃色の手鏡。

私は覚悟を決めてその手鏡に手を伸ばし、その蓋を開けた。


――そして。
天を仰いだ。


見慣れた夜色の髪に、リヴィエール家出身の者の特徴である、兄と同じ青色の瞳。そこまではいい。

だが、しかし……鏡には見覚えのない『少女』が映っていた。


「嘘だろう……」


もしも今あるこの光景が全て夢であるならば、これは悪夢だ。
私は――『クローディア・リヴィエール』と名が刻んである瑠璃色の手鏡を持ったまま、ぼそりと呟いた。