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「――お前には失望した」

視界に映る、青みがかった黒髪。こちらを射抜くように見つめるのは、ラピスラズリを思わせる深い青の瞳だ。その視線は酷く冷たく、その双眸にはまさに言葉通り、失望しきった色があった。
けれどその目を見ても、悲しいとも、辛いとも思わなかった。ましてや居た堪れないと、身を縮こませることもなかった。

ただ、懐かしい声に……懐かしい瞳の色だな、と思った。


「信じられない。一体何をどうしたらこんな無様な成績が取れる?」


そう、そうだった。……覚えている。
兄上――クロヴィス・リヴィエールは、こうだった。

水魔法の才能に溢れ、最年少から三番目の若さで水の聖騎士になった兄は、水魔法の名門たる我がリヴィエール伯爵家の誇りを何より大事にし、それ故に水魔法の才能がからきしの弟を『落ちこぼれ』として疎んじていた。
この時の私は――いや、昔は自分を俺、と言っていたか――本当に、落ちこぼれだったのだから、仕方がない。
ああ、随分と懐かしい夢を見ている。
 ……そう、これは夢だ。あるいは走馬灯であって――現実ではない。

なぜなら――兄は私がこの手でその首を撥ねたのだから。

「に、兄様。あのね、この子はこの子なりに一生懸命やって、」
「一生懸命やっているからなんだと言うのだ? 結果、水魔法ができないのであればなんの意味もない。ノエル、お前がそう甘やかすから『コレ』はいつまでもリヴィエールの面汚しなのだっ!」
「く、クロヴィス兄様……」

次に響いてきたのは歳若い女性の声。義姉の――ノエル・リヴィエールの声だ。
 水魔法の名門リヴィエール家の息子としての魔法の才もなく、その他の能力も低い。
貴族として価値がなかった『俺』の、家族内で唯一の味方だったと言える義理の姉の声。


 ――思い出す。
 無実の罪を着せられ、衆人環視のもと処刑された姉の最期の姿を。


「立て! 私が自ら鍛え直してやる!」
「に、兄様、もうやめて……」
「うるさい!」

 強い力で肩を押された姉が、「きゃあっ」と小さく悲鳴を上げてたたらを踏む。

「火魔法の名門・イグニスの子息はあれほどの才能を示しているのだぞ! それを同い年の『コレ』は……っ! アカデミー一年目で落ちこぼれ扱いなど、到底認められない!」


 ――しかし、そう。これは、走馬灯だ。

 私はもう、全てを終えた。戦争の果てに、死んだのだ――後悔と恥辱に塗れた人生を、それでも最後まで生き抜いた。


 革命は成らなかった。
 数万の同志が望んだ場所へは行き着くことができなかった。


 だがそれでも私は――満足して死んだのだ。最期に、あいつを守って息絶えたこと。それだけは、後悔ばかりの人生で、唯一後悔しないであろう私の選択だ。


 ――大罪人クロード・リヴィエール。

 革命の失敗の果てに歴史に遺す自分の名が、犯罪者としてのものとなったとしても。


「聞いているのか、クローディア! クローディア・リヴィエール!」

「お、おねがい、乱暴はなさらないで兄様!
 ロディは、ロディは……女の子なのよ!」



……。

は?



次に響いてきたのはまだ歳若い女性の声。姉の――ノエル・リヴィエールの声だ。
そうだったな。姉上は兄上に『落ちこぼれ』と責められる"俺"を、よく庇ってくれていた。優しく、美しく、強い姉だった。

ああ、また姉上の声が聞けるとは。

自分は地獄に行くだろうから、と二度ともう、天に昇った姉上の声が聞けるとは思ってはいなかったから。
とうの昔に枯れたはずの涙が、流れ落ちそうになる。

「立て! 私が自ら鍛え直してやる!」
「何をするの、兄様! この子から離れてください!」
「お前こそ離れろノエル! 火魔法の名門・イグニスの子息はあれほどの才能を示しているのだぞ! それを同い年の『コレ』は……っ!

次期伯爵の名にかけて、イグニスに遅れをとるのを良しとできるか!」

だが、これは夢だ。
ノエル・リヴィエールも、クロヴィス・リヴィエールも、とうに死んだ。

姉上は何者かに殺され……兄上は、かつて闇に堕ち、王国に反旗を翻した"私"自身の手にかけたのだから。

私は早く、地獄に往かねばならない。
最後に……あいつを、助けることができたということ。
それだけを誇りに思い、胸に抱いて。

大罪人たる"私"……クロード・リヴィエールは、笑って死ぬのだ。
愚かな悪として。


「聞いているのか、クローディア! クローディア・リヴィエール!」

「乱暴はなさらないで兄様! ロディは、ロディは……女の子なのよ!」


……。

は?