「さてと」


 息絶えた人型の魔物を見下ろしていたサラが、笑顔のまま薬師を振り返った。
 我に返った僕も、鋭い目で薬師を睨む。

「次はあなたですね」
「ああ。こいつを連行し、しかるべき処罰を与えなければ」
「はっ! 馬鹿を言え、騎士や客が居なくなったことに、私が関わった証拠は何処にある?今そこでそのガキが、消したばかりだろうが!」

 なんだと、と僕は思わず一歩踏み出すが、薬師はただの老人とは思えぬほど禍々しい笑みを浮かべた。

「ははは、これも全て――」
「思惑通り、ですか? なら次に言うことは『陸軍が黙ってないぞ』ですかね」
「な……ッ!?」
「何? 軍? どういうことだ」

 不敵な表情だった薬師が、一瞬のうちで色を失ったのを目にして、僕は思わずサラを振り返る。
 彼女は簡単なことですよ〜とあくまでほがらかにのたまった。

「もともと人攫いの目的は2つあったんです。

 魔物(デモン)への献上と……それから陸軍への騎士の献上。
 主な目的は後者で、騎士をおびき寄せるために登山客を魔物に喰わせてたんでしょうね。魔物の中には、人を喰らう個体も多くいますから、人間と魔物が手を組むのであれば『餌』の調達の効率化がもっとも理屈に合います。

 つまりこれは軍部が仕組んだ事件だったわけです」


 一般登山客は魔物に殺させる。
 そして、魔物を斃さんと集まってきた騎士は捕らえて軍に送る。

 騎士たちは聖騎士長の庇護の下、軍役から免れている。それをよく思わない陸軍の一部が、暴走して騎士を捕らえようという思考に走ったのだろう、とサラは言った。
 何せ騎士は戦闘能力が凡人とは比べ物にならない。対人戦闘ならばまさに一騎当千だろうから、と。


「軍部は血統主義と階級主義の巣窟ですからねぇ。特権階級のひとたちは、貴族である自分たちの意志に反して、平民出身の聖騎士団員が軍役を免れているのが気に入らないんですよう、きっと。彼らが皇帝陛下から優遇されているのも気に喰わないんじゃないですか? 貴族としては」

 そんな。
 僕はギリ、と拳を握りしめる。
 特権階級だからと言って、そんなことが許されるのか。

「聞けば薬師さまは元軍医。なじみのお偉いさんに言われたとかでここに来たんでしょうね」
「おかしいじゃないか、仲が良くないのはわかっていたが……それでも、方向は違っても、我々は同じ国防を担う組織だろうに」
「まあ、陸軍にも派閥はありますから。一部の人たちの暴走だとは思うんですけど。
 でも確かに軍のお偉いさんが命じたなら、騎士団がどうにかするのはなかなか難しいですよねえ。一部とはいえ軍部との全面戦争はあまりよろしくない。いくら聖騎士団が陛下の庇護下にあっても、この国では軍部の特権階級もなかなか幅を利かせていますから、この事件も揉み消されるのが関の山でしょう」


 ――普通なら。
 そう、サラはにっこり笑顔のまま、冷たい声で言った。


「だからこそ聖騎士長様はわたしに事態の収拾をお命じになったんですよ。軍部との折衝をはかるのは、テンペスタの一員であるわたしの役目ですから」
「なッ……テンペスタ、だと? ば、馬鹿な、そんなこと、聞いてないぞ、」
「え……どういう意味だ、サラ?」
「もう、クルトさま。言ったじゃないですか。わたし、身内が軍の有力者なんですよ」

 そういえば。
 僕は彼女の過去の話を思い出して、はっと目を丸くする。……たしかに言っていた。
 自分は軍系の良家の出身だと。

 僕は父が聖騎士とはいえ平民の出だ。貴族の家系には詳しくない。
 けど、これは、まさか――。

 サラはさらにいい笑顔になる。


「ご存じの通り、テンペスタ家は公爵家。多くの軍務大臣を輩出してきた貴族です。
 揉み消される……いいえいっそ消されてしまうのはどちらでしょうかね薬師さま。試してみます?」