――任務の概要とはこうだ。

 その山は昔から何かを祀る神殿とやらがあることで登山客が多く、それなりに名の知られた観光地だったらしい。何しろ山であるので、毎年数人の行方不明者は出てはいる……のだが、ここ数年消えていった登山客が明らかに増えているのだという。しかも何故かおおやけの捜索隊は動いていないようだ。

「それで、山の中の唯一の村があれなんですね?」
「ああ」
「どうしましょう、クルトさま。今日は村に泊まってみるしかないんじゃないかと思いますけど……」
「その通りだな。とはいえ罠は警戒する必要はあると思うよ」

 そうですね、とサラが神妙な顔で頷いた。
 
 あまり考えたくはないことだが、村の人間が魔物の協力者であることも視野に入れておく必要があるだろう。よほどの敵でなければ、騎士の中でも優秀な上級騎士がことごとく魔物にやられるなんてことはないはず。ならば油断してしまう相手、つまり人間に何かされた可能性が高い。
 魔物(デモン)はランクが高いほど知性が高く、人間の姿に近づいていく傾向があり、また一定以上のランクの魔物は僕らと同様魔法を使うようになる。人間の協力者を得ていても不思議ではない。



 *



 ――登山をしに来た叔父と姪という設定で、僕らは薬師のもとに赴いた。
 兄妹にしては似ていないが、なんとか二親等なら設定としていけるだろうという判断だった。事実、受け入れてくれた村1番の金持ちらしい薬師はそれで納得してくれたようだ。

「うーん、少なくともこれまで目立った動きはないですねえ。もちろん、まだ警戒する必要はありますけど……そう思いませんかおじちゃん」
「そうだな、今夜にも調べられることは調べてしまおう。それからおじちゃんはやめてくれ。僕はまだ20だ」
「誰が聞いているかわからないから……」
「う、それはまあ」
「まあいないんですけどねだれも」

 僕が黙り込んだその瞬間にあっけらかんと言い放つサラ。
 おちょくられている……。怒ってもいいのかこれは。相手は幼女だけれども。

 閑話休題。


 ……ここは薬師の家の客室の1つだ。
 チェストや照明、ベッドなど、山奥の邸であるにも関わらず舶来の調度品まである。 村1番の金持ちとはいえ、街に比べて閉ざされた空間の山の中に、邸と言える広さの家だ。いったいどこから金を得ているのか。
 腕のいい薬師、医者といえども集落の者から得られる金なんてたかが知れているだろうに。登山客が怪我をした時に治療を施し、金を貰っているのだとしても違和感は残るな。

「サラも気がついたことがあったら言ってくれ」
「ありますよ!」 

 ニコニコしながらサラがそう言い、

 ――次の瞬間、彼女の雰囲気ががらりと変わった。
 まるで百の時を生きた賢者のような静かなその目に息を呑む。

「端的に言って、怪しいです。調度品は高級品、ただの薬師がここまでの財を築けたのは不可解です。気配からして薬師さまの正体が、魔物(デモン)が人間に化けている姿である、という訳ではないと思いますが。
 そもそも邸自体がさほど古くない。つまり新しい邸に越してきたんです、薬師さまは。どこかから」
「……なるほど」
「おうちを見るまでは、この集落で『もっともよく人を泊める者』が魔物と通じており、かつ登山客を生贄にしているだけの案件かと考えていました。騎士もそれに巻き込まれただけかと」

 だがそれだけだとこの家が富を得た理由にはなりえない。
 山の集落の薬師が、この家だけが、これほどまでに富んでいるのは一体何故なのか。

「ちょっと調べたいことができました」

 徐にサラが立ち上がる。
 外見に囚われていたが――彼女は子どもでありながら、大人顔負けの頭脳を持っているのではないか?


「クルトさま。ぜひお力をお貸しください」