「本日はよろしくお願いしますっ」

 ぴょこんっ、と下がったまるい頭を見下ろして、僕――クルト・シュタインベルクは非常に困惑していた。どうしてこうなった……。
 まさか、と思った。不敬にも、聖騎士長様が指名する者を間違えたのかとすらも思った。
 いやそんな、おかしいじゃないか。今日僕と合同任務に当たるのは、経験知識ともに豊富な騎士だと聞いていたんだが――。

 まあ要するに、である。
 目の前で頭を下げているのは幼女だった。

(なんでだ……!!)

 小さな身体にぴっかぴかの騎士服を纏い(どっからどう見ても新品)、下げた頭は小さい。長い黒髪に、透き通るようなラピスラズリ色の瞳。くりくりとまあるい目を直視して、僕は思わず眉間の皺をつまんでしまった。
 そもそも、こんな小さな子をSランク魔物(デモン)の討伐に連れてけ、というのか。いくら聖騎士長様のご命令だとはいえ、あまりに無茶がすぎるのではないだろうか。


 ――フロラシオン皇国騎士団とは。

 有史以来人類の敵とされる怪物、魔物(デモン)。どこからともなく現れ、人を敵視し、殺し、あるいは食らう、異形の化け物。その魔物を討伐するのが、皇国騎士団であり、僕が所属する組織だ。

 名称こそ騎士団とあるが、軍事を担当しているわけではなく、あくまで魔物に対抗するための組織だ。
 聖騎士団とはあまり仲が良くないが、対魔物以外の国防は陸海軍が担っている。
 そして、魔法もしくは剣、あるいは戦術考案など、広義に戦闘に長けた者のみが厳しい入団試験を突破することができ、正式に騎士団員になることで、魔物(デモン)を討伐する騎士を名乗ることができるようになる。


 はず、なんだが――。
 なんで幼女?


 僕は内心、盛大に頭を抱えた。

 今回僕に回ってきた任務とは、とある山岳中腹で起きた集団失踪事件に関するものだった。
 事件解決にと派遣された上級騎士たちが尽く音信不通になり、その結果僕が出張る事態となった。
 にも関わらず、幼女が任務に同行するという。
 派遣されるのは経験豊富な騎士であるという話だったはずだ。
 どうしてこうなった……。


 ――騎士団の中でも、優秀な討伐成績を修め、幹部とされるのが【聖騎士(パラディン)】だ。

 今回は、僕が聖騎士に選ばれて初めての任務だった。
 戦闘に関して、氷の聖騎士の名を冠するものとして、ある程度の自信がある。父も引退して商人になる前は、氷の聖騎士の名を皇帝陛下から戴いていたそうだ。僕はこの名に誇りを持っているし、聖騎士長様に与えられた任務は完璧に熟すことを己に課している。

 だが。
 だけど。
 しかしながら。

 上級騎士たちが軒並みやられるような現場に、小さな少女を連れて行き、守りつつ魔物と戦えるのかと言われると正直どうなんだという感じだ。


 ――彼女が経験豊富、と。
 やっぱり間違いではなかろうか。


 背中に担いでいる剣が引き摺られているんだが? 
 剣、大きすぎないか? 振れるのかきちんと。怖い。見てるだけで怖い。
 一応は試験を通っているはずなので、確かに力がない、わけではないのだろう。が、些か幼すぎやしないか。 騎士服の様子からして完全に新人だ。初任務の可能性すらあるんじゃないか。

「……ええと。こちらこそよろしく頼む」
「はいっ!」

 とりあえずは、と挨拶を返すとこれまたいい返事。
 愛らしい笑顔を満面に湛えるその様子は、まさに騎士ではない普通の子供のようで。
 ……本当にどうしたものだろう。

「僕はクルト。クルト・シュタインベルクだ。よろしく」
「ごていねいにっ! わたし、サラです。聖騎士長様からご命令をいただいたんですが、内容についてはくわしく聞けてないんです。お手数ですが、内容を教えていただけませんか?」
「……君は本当に僕の合同任務の相手だったのか」
「えっ疑われてた? ひどいっ! こんなナリですがお仕事はちゃんとできるんですからねっ」

 サラは頬をふくらませて怒っているが、うーん……。

「聖騎士長様のご命令と言ったけど、君はきちんと聖騎士長様のことを知っているんだな」
「? もちろんですとも! フロラシオン皇国騎士団員としては当然のことですっ」
「いい心がけだな」

 新人騎士は騎士団の階級構造について詳しく把握していない場合も多い。魔物討伐部隊に配属される人間の中には、魔法力や戦闘力自慢の平民も数多くいるためだ。僕も、多少裕福ではあるが平民の商家の出身だ。
 が、どうやら彼女は違うらしい。聡明な少女のようで、この歳にしてはしっかり話すし礼儀も弁えている。経験の有無はともかく、聖騎士長様が推薦するだけの知識や能力は、きちんと備えているのかも。


「それでは歩きながら説明をしよう、サラ。
今から僕たちが向かうのは、一般人に加え上級騎士も失踪が相次いで報告されている、ある山中の村だ」