由枝子は賞をとった。

受賞の連絡はメールで、ただ無機質な文字で「受賞のお知らせ」と書いてあったそうだ。賞金は150万円。俺は本にあまり詳しくないから分からなかったけれど、文芸大賞はかなり規模の大きいコンテストのようで、発売してすぐに重版がかけられた。彼女のデビュー作は世間を動かし、共感度100%と謳われるようになった。


無職無一文、顔だけの俺とはまるで違う。思いつきで書き始めた小説が評価され、次から次へと資金が入る。働かなくたってしばらく生きていける。少しだけ、羨ましいとも思った。


けれど、由枝子は喜ばなかった。俺と由枝子の話を文字に起こしてみたかった。どうせなら目標があった方が良い。春那 所以子は気まぐれでつけた名前。このたったみっつの条件が合わさっただけで、由枝子は一躍 有名小説家へと転身した。



「名声は要らなかったなぁ。それに、私よりずっとずっと本気でこの賞を目指していた人がいるはずなのに。私が書いたのは、真秀への気持ち、だけだったのに」


由枝子はありのままの、書き殴ったままの、サエコとマヒロの物語を愛していた。けれどそれは当たり前のように編集されて、色んな台詞を少しずつ変えられたという。


彼女は、書籍化されるまでの間、文句はひとつも言わなかった。編集部に言われた通りに書き換えた。おかげで担当さんには、本が出来上がった時、「新作を書かれた時は是非またよろしくお願いしますね」と言われたらしい。「サエコとマヒロをシリーズ化したらきっと売れますよ」とも言われたらしい。由枝子は愛想笑いを浮かべ、何方にも「ご縁がありましたら」と答えたそうだ。


由枝子と出版社の間に、ご縁はもう来ない。

小説はもう書かない、彼女がそう俺に言っていたからだ。けれど、受賞した以上、きちんと春那 所以子としてのケジメはつけるべきだと言い、仮面を被りインタビューにも答えた。共感度100%という評価について、春那 所以子は「有難いお言葉です」と答えていた。