「う、うん。きみは、僕や学と一緒にタコパをした奏で間違いあらへん?」

「そうだよ。安藤くんが接してきた“西條さん”はほとんど私だったと思う」

「そっか。じゃあ良かった。あのさ、僕……西條さんのこと好きやねん」

「な……!」

 幽霊の奏が、これまでで一番動揺した様子で一歩後ずさった。幽霊なので物音はしないが、僕との間の距離が少し広がる。僕はその距離に屈することなく、彼女に一歩近づく。今、臆病になっていたら一体いつ僕は本気になれるんや。
 男を見せるんや、安藤恭太!

「気づいたのは最近やし、真奈と別れたばっかやんって思うかもしれへん。それで僕のこと軽蔑してくれても構わへん。でも、僕の気持ちは本気なんや。この気持ちに嘘はない。僕は西條さんが好き。ただそれを伝えたくて、こんな形になってしもうたけど……僕は、西條さんに出会えて良かった」

 幽霊奏の目が大きく見開かれる。
 奏が僕のことをどう思っていたのか分からない。
 だけど、彼女の瞳にじわじわと溜まっていく光の珠が、これまで堪えていたものを僕の言葉によって崩壊させてしまったことを物語っていた。

「……ユカイに襲われて誰かに助けて欲しいって思ったとき、真っ先に思い浮かんだのは安藤くんだった」

 幽霊奏は瞳を閉じて胸に手を当てる。閉じた瞳の端から、光の珠は頬を滑り、地面へと落ちる。なんでか分からないが、彼女の涙だけは現実のものとなり、でこぼことした地面に染みをつくった。

「どうしてなんだろう。安藤くんが助けに来てくれるって思った。だから私は、他の誰でもないあなたの名前を叫んだの。私は安藤くんのこと好きだったのかな」

 自分の気持ちを確かめるように、彼女は自分自身に問いかける。

「ううん、もう分かってる。私は安藤くんが好き。マッチングアプリなんかしなくても、確かな気持ちはここにあったんだね」

 でも、と彼女は続ける。

「もう、時間がないよ。せっかく両想いになったのに、悲しいなあ。私、もう消えちゃうから、ここでお別れだね」

「奏!」

 悲痛に満ちた声で華苗が叫ぶ。三輪さんも華苗も奏の元へ駆け寄って彼女を抱きしめるそぶりをする。学は目頭を押さえ、この場の様子を見守っている。
 西條さんの手足の先が、半透明に透け始める。つまりこれから彼女は成仏する——直感ですぐに分かった。

「たぶん、自分の気持ちが分かって、安藤くんに気持ちを伝えてもらって、華苗やつばきにも会えて、満足しちゃったみたい。ふふふ、私、幽霊になってまで恋人をつくろうと必死になってただけなんておかしいよね。私が消えたら、笑い話にしてよ。それでまた思い出してよ。みんなの中で、覚えてもらえるならそれでいい」

 運命を受け入れた彼女の言葉の一つ一つが、エコーがかかっているかのように胸に響いていく。僕は、今まさに風となって吹いて消えそうな彼女の元へ、震えながら一歩近く。華苗と三輪さんが彼女を抱きすくめるその後ろから、真っ直ぐに奏のことを見て言った。

「西條さん。僕は西條さんのこと忘れへん。好きな人のこと、忘れるわけあらへん。西條さんは僕にとって、永遠に最高の女の子や」

 幽霊奏は泣き笑いのような表情を浮かべ、「ありがとう」と口にした。もうほとんど、その身体は透明になり、彼女の後ろに立ち並ぶ墓石が透けて見えていた。
 泣きじゃくる華苗と三輪さんの背中を撫でるような仕草をして、西條さんは僕の目を見つめて一言、

「ありがとう。大好き」

 それだけ言って、空の彼方へと昇っていった。