約束の18時、私は百万遍の交差点まで、つばきを迎えに行った。御手洗くんの家に戻ると、安藤くんが誰かと電話をしていた。おそらく例の彼女だろう。

「初めまして〜三輪つばきです」

「御手洗学です。こっちは安藤恭太。よろしゅう」

「よろしく〜」

 二人はごく自然に挨拶を交わし、たこ焼きを作る準備を始めた。つばきは普段から国際交流サークルでいろんな人と接して来ているから、新しい人間関係を築くのに慣れている様子だ。

「二人は仲良しなの?」

「仲良しっていうか、腐れ縁っていうか」

「恭太はわいの金魚の糞みたいなもんだよ」

「おい、その言い方はヒドない?」

「へぇ〜その様子だと常に一緒にいるってカンジね」

「それだと恋人みたいやから! 勘違いさせるからやめて!」

「ふ、面白い」

 ほえ〜。つばきってば、出会ったばかりなのにこのなじみ様はなんなの? 先に会った私の方が一人ポツンと輪の中からはみ出ている気がする。

「それにしても、なんでカナがここにいるんだっけ」

「それには深いワケがありまして……」

 私は、高校生に追いかけられて怪我をして御手洗くんの家に来るまでの流れをつばきに説明した。

「その高校生ってさ、カナのこと本当は知ってて——」

「あーあー、なんだろ、私の顔に何かついてた!?」

「ちょっとカナ」

 私は、つばきに「これ以上は話さないで」と目で訴えた。つばきは私が元YouTuberで、高校生たちがそのことを知っていたから私を追いかけて来たのだと勘付いたようだ。
 しかしそんな込み入った事情をここで暴露してもらうわけにはいかない。私はもう、YouTube時代の私じゃないのだ。

「そんなことよりたこ焼き焼こうよ! あ、安藤くんの彼女さんはまだ?」

「真奈はバイトが8時までやからその後来るよ」

「そっか〜。はい、じゃあこれプレートに塗って」

 私は安藤くんにプレートに塗る用の油を渡す。何かを取り繕っている私の様子に疑問を抱く様子もなく、彼は油を受け取ってくれた。つばきは私の行動に呆れつつ、生地を作るのを手伝ってくれた。御手洗くんが切ってくれたタコをお皿に用意して、私は一気に生地を流し込んだ。
 関西人じゃない私はたこ焼きを作るのに慣れていないのだが、関西人ぽい安藤くんも、さして得意というわけでもなさそうだ。関西人がたこ焼きをたくさん食べているという偏見について、そろそろ議論する必要があるのかも。
 いい感じに生地が固まるとタコを投入し、くるくると生地を返していく。生地の焼けるいい匂いが部屋の中に充満する。と同時に急速にお腹が減ってきた。他のみんなも同じらしく、「早く食べよう」と御手洗くんが取り皿を用意していた。

「よっし、焼けた!」

 ふんわりと丸く焼き上がったたこ焼きをお皿に盛り付ける。鼻腔をくすぐるこの匂い。たこ焼き自体久しぶりだ。ソースとマヨネーズ、かつお節と青のりをかけるともう店のたこ焼きと寸分違わぬ出来栄えになった。

「うわ、おいひい」

「つばき、ほっぺたにソースついてる」

「そういうカナこそ、青のりが歯についてる」

「ふぇ!?」

「女性陣、楽しそうやね」

「恭太だってずっとニヤついてるじゃん」

「誤解を招くようなこと言いなさんな」

 あっちでもこっちでもどうでもいい会話で盛り上がる。友達と(正確に言えば今日あったばかりの知り合いだが)たわむれるのが久しぶりで、心がほっと和んでいく。
 安藤くんの彼女が来るまでお酒は飲まないでおこうと言っていたのだが、無理だった。ビールやらハイボールやら酎ハイやら、御手洗くんが冷蔵庫から持って来てくれた。それぞれ好きなお酒を飲み、江坂さんが来る頃にはいい感じにほろ酔い状態に陥った。

「江坂真奈です。よろしくお願いします」

 バイト終わりの彼女がやって来ると、安藤くんの表情が一気に緩む。こりゃ、相当惚れてるんだなと誰もが一瞬にして分かってしまう。

「よろしくね」

 初めまして、の私とつばきが交互に自己紹介をした。近くで見ると可愛らしい子だ。やはり、彼女は女子大の学生らしい。「女
の子」感のあるメイクや服装が物語っている。

「真奈〜はいこれ飲んで〜」

「はいはい」

 酔っ払いの安藤くんが、江坂さんにレモンチューハイを手渡した。

「二人はいつから付き合ってるの?」

 お酒に強いつばきは淡々と気になることを聞いていく。

「実は、昨日からなんです」

「へえ、そうなんだ。それで彼はデレデレなのね」

 そりゃ付き合いたてのカップルがラブラブなのは当然だ。それを間近で見せられる私たちはむしろラッキーなのかもしれない。

「ねえ、江坂さんは連絡はまめにしたいタイプ?」

「はい、そうですね。私って返信も早いみたいで、よく友達とかに話すとびっくりされます」

「おお、そうなんだ。あたしもさー、すぐに返事しちゃうから最初彼氏からは驚かれたよ。今はなんともないけどね」

「同じですねっ」

 男性陣には聞こえないくらいのボリュームで、いわゆる「ガールズトーク」で盛り上がる二人。うぬぬ、これは私が入る隙がない……。

「ちなみに、安藤くんのどこが好きなの?」

「うーん、モテなさそうなとこ?」

「え、そうなの!?」

 彼女の衝撃発言が耳に入ってきたのか、酔っていた安藤くんがものすごい勢いで江坂さんの顔を覗き込んだ。

「冗談だよ。でも、前の彼氏に浮気されちゃったのもあって、女遊びが好きそうな人が苦手なのは本当だよ」

「ほほう。ということは、恭太が女慣れしてなさそうだからってのもあるんだ。まったくその通りだなあ」

「ちょ、そりゃあまりに失礼じゃありません?」

「いやでも事実だし」

「くそぅ……」

 悔しがる安藤くんの姿に、どっと笑いが湧いた。確かに、素直すぎる安藤くんの性格だと女の子にはモテないのかもしれない。しかし、怪我していた私の手当てをしようとしてくれたところなんかは、優しい人だと思った。
 安藤くんのモテないエピソードを中心に、その後のタコパも盛り上がった。彼氏の冴えない話を聞いてもふわふわと笑っているだけの江坂さんはあっぱれとしか言いようがない。私だったら聞いていられず別の話題を振ってしまうだろう。
 楽しい時間はあっという間で、気がつけば午後10時を回っていた。

「そろそろお開きにする?」

「せやな」

「あ、ちょっと待って」

 後片付けでも始めようとしたところで、御手洗くんが甚平の袖口をまさぐった。なんだなんだと見つめていると、袖口からスマホを取り出して耳に押し当てた。

「ちょっとごめん」

 みんなにそう断りを入れて、彼は隅っこの方で誰かと電話を始めた。御手洗くんが電話中なので私たちも大きい音を立てるわけにもいかず、自然とその場は一時静まり返る。
 電話はすぐに終わったらしく、御手洗くんは「いやーまいったな」と頭を掻いて戻って来た。

「どないしたん?」

「なんか、明日妹がうちに来るみたいで」

「ああ、例の妹さんか」

「そうそう。あいつ、わいの生活に口出ししまくるからなあ。面倒なことになった」

「御手洗くん、妹さんがいるんだ」

 江坂さんが彼に問う。妹、という響きに、私の心臓がどくんと一回跳ねた。

「うん。年子だから妹というより後輩みたいなもんだけど」

「そっか。でもいいよね。兄妹って羨ましい。私は一人っ子だから」

 つばきがちらりと私の方を見た。何を言いたいのか、私には分かる。だけどこの明るい空気感の中で、私の抱えているものをぶちまけるのは場違いだ。私はつばきに気づかれないように、ゴクンと唾を飲み込んだ。
 しかしその不自然なほど緊迫した私とつばきの無言のやりとりは、この家の家主にははっきりとした違和感として映ったらしい。

「二人とも、どうかした?」

 御手洗くんが私の方をじっと見て何かあったのかと首を傾げた。その声に、他の二人も反応して「どないしたん」と興味を私たちの方へと向けてきた。
 もう逃げ場はない。
 今後付き合いを続けていくとすればいずれはバレてしまうかもしれない。でもそれ以上に、心の中で疼いているこの大きな不安を、誰かに知って欲しいという気持ちが大きかった。
 私は、大きく深呼吸をして聴衆の方を向く。

「私も妹がいたんだ」

 言ってしまえば、なんだそんなことかと拍子抜けした様子の安藤くんと江坂さん。しかし御手洗くんだけは、私の台詞のおかしさに気づいたようだった。

「いる、じゃなくて、いた(・・)?」

「そうなの。込み入った話になるんだけど……」

 つばきの真剣な表情が私の胸に突き刺さる。続きを話そう。つばき以外、誰も知らない私の妹の話を。

「今年の6月にね、私の双子の妹——華苗(かなえ)っていうんだけど……失踪しちゃったの」