先程彼女の困り顔が懐かしいと感じたのは、そういった経緯がある。魔王討伐を果たして初めて精神に余裕を持てたからこそ、俺もユウナも二年前の様なやり取りができたのだろう。
 だが──魔王の討伐を果たしたというのに、俺達が元の世界に戻る事はなかった。
 英雄召喚の儀式を実施した召喚師は『通常なら役目を終えればもとの世界に帰れるはずだ』と言っていたが、俺達は戻れなかったのだ。
 原因はわからなかった。もしかしたら事故に遭っている真っ最中に召喚されたのが影響しているのかもしれない。そもそも何十年に一回しか起こせない儀式ならば、あの召喚士も初めての経験で何か失敗したのかもしれないし、使命を果たせば帰れるというのは俺達を戦わせる為に吐いた嘘だったのかもしれない。
 結局のところそれらは推測でしかないし、俺達にどうこうする手立ては何もなかった。
 そして先程、異世界から召喚された〝勇者〟と〝聖女〟は、魔王討伐という役目を終えても本来あるべき場所に帰れず、世界を救った救世主という名誉ある称号と多額の報奨金だけが贈られた。
 まあ、言うならば一生遊べるだけの褒美だけ与えて、お役御免とばかりに城からほっぽり出されたのである。
 先程見送っていた戦士の男と魔導師の女は、俺達がこの世界で共に戦った仲間だ。冒険の最中で結ばれた二人は、これから故郷に戻って挙式するのだという。俺達の気も知らず、めでたい事である。
 そしてこの異世界に取り残された俺達は互いに気持ちを伝え合い、元の世界で経験できるはずだった青春をこの異世界の中で取り戻そう──そんな目標を打ち立てたのである。

「それで、ユウナ」
「なあに?」
「青春を取り戻すって……具体的に、何をやるつもりなんだ?」

 俺の至極当然な質問に、ユウナが「うーん」と暫く顎に手を当てて悩まし気な顔をして考え込んでいた。
 そして──

「それも一緒に考えよ? ……みたいな?」

 発案者のユウナさん、完全にノープランだった。
 まあ、きっと『元の世界に帰れない』という現実を受け入れる為に打ち出した目標みたいなものだから、ノープランでも仕方ないのかもしれないのだけれど。

「あ、でも一つだけ思いついた事ならあるよ?」
「おっ。あるならそれからやっていこう。他に案もないしな」

 そもそも、異世界でできる青春ってどんなものだろうか。
 全く想像ができないので、まずはユウナの考える青春を知る必要があった。これが後々の指針にもなるだろう。

「じゃあ、まずは両替店にいこっか」
「両替店? 何で?」

 ユウナの提案に、俺は怪訝に首を傾げる。
 両替店とは、金貨や銀貨、銅貨を両替してくれる店だ。無論、それ以外にも品物をお金に交換してくれたり、物を預けたりそれを担保にお金を貸したりしてくれる場所でもある。
 元の世界で言う銀行みたいなものだろうか。そういえば江戸時代でも似たような業務を両替屋がやっていたらしく、銀行の大元になったと聞いた事がある。異世界でも両替店はそういった立ち位置なのかもしれない。

「私達が預けている〝ある物〟が必要なの」
「私達っていうと……俺も?」
「うん。一緒に預けたから、エイジくんのもあると思うよ?」
「マジか。全然想像つかないんだけど」

 両替店には確かに色々アイテムを預けさせてもらっているが、彼女の言う〝ある物〟が何を指しているのかさっぱりわからない。

「ふふっ、行けばわかるよ」

 その悪戯げな笑みに、どこか嫌な予感がしなくもない。一体何をするつもりなのだろうか。
 まあ、特に予定もないし急ぎの用事もないから、全然両替店に行くのは構わないんだけど。

「ほら、早く行こ? 善は急げだよっ」

 相変わらず楽しそうな笑顔のままそう言うと、ユウナは軽い足取りで町の中を歩いていく。
 ユウナが何を考えているのかはわからないけれど、きっとこれが俺達の異世界青春取り戻しスローライフの第一歩。
 どうせ戻れないなら、彼女と一緒に存分にこの世界を楽しんでやるのも良いのかもしれない──俺はそんな事を考えながら、ユウナの隣に並んだのだった。