意識が戻ったのは、「おお……!」という感嘆する声が聞こえて来た時だった。
 ぼやけていた視界がもとに戻ってくると、魔導師みたいなローブを着た男達や王様といった、RPGゲームの様な風貌の人達が騒然としていたのだ。
 周囲はレンガ調の石の壁。それこそ中世風のアトラクションか、テレビで見たヨーロッパの古城みたいな室内。間違ってもバスの中ではなかった。
 下を見ると蛍光塗料を塗られて作られたかのような幾何学模様と祭壇があり、ファンタジーもののアニメや漫画で見た事があるような魔方陣が描いてあった。
 そこで、隣から『瓜生くん……⁉』とよく知る声が聞こえて来たのである。驚いて声が聞こえた方を見ると──俺と同じ様に祭壇の上にちょこんと座っている制服姿の真城結菜の姿があったのだ。
 それから俺達は、召喚士や王族風の男──後にプラルメス聖王国の法王・パウロ三世であると自己紹介を受ける──から事情を説明された。
 この世界は魔王軍の前に危機に瀕しているという事。〝勇者〟と〝聖女〟には世界を救う力があるという事。そして俺と真城結菜は〝勇者〟と〝聖女〟として異世界(俺達の世界)から召喚され、世界を救う責務があるという事。
 そこで俺は、諸々の事情を察した。
 異世界転移──よくアニメや漫画とかで見るシチュエーションが、俺達に起こったのだ。
 この世界の連中は救世主を欲し、何十年かに一度だけ異世界から英雄を呼び出せる召喚の儀式を行った。その結果、〝勇者〟として召喚されたのが俺こと瓜生映司(うりゅうえいじ)、そして〝聖女〟として召喚されたのが真城結菜(ましろゆうな)だったのである。
 もちろん、俺とユウナもすぐに状況を受け入れたわけではない。俺達はただの学生で英雄でも何でもない、魔王と戦うなんて無理だ、さっさと帰してくれと訴えた。
 だが、その訴えは認めてもらえなかった。この魔法陣から召喚されたという事は〝勇者〟と〝聖女〟である証である、そうであるならば力はあるはずだ、の一点張り。
 実際に〝勇者〟しか持てぬはずの聖剣バルムンクは俺を受け入れていたし、〝聖女〟しか受け付けないはずの聖衣もユウナを受け入れていた。これこそが、俺達が召喚されし英雄である事を証明していたのだ。
 そして、この召喚魔法は責務を果たせば元の世界に帰れる、それしか元の世界に戻る方法はない、と召喚士は言ったのである。
 元の世界に戻るには〝勇者〟と〝聖女〟の責務を果たすしかない──即ち、魔王を討伐するしかなかったのだ。
 それから二年間……世界の命運やら魔王を倒す責務やらを唐突に背負わされた俺とユウナは、元の世界に戻る為、こちらの世界の新しい仲間とわけもわからないまま必死で戦った。
 元の世界で両片思いだった俺達が、二年間も共に過ごしてどうして何も起こらなかったのか、と疑問に思うかもしれない。
 ただ、俺達は……本当に、恋愛に(うつつ)を抜かしている余裕などなかったのだ。
 確かに、救世主として召喚されただけの事はあって、俺達に〝勇者〟や〝聖女〟としての適格があったのは事実だ。ゲームみたいな魔法や技はすぐに使えるようになったし、全く戦えないという事はなかった。
 だが、〝勇者〟や〝聖女〟としての適格があったからといって、アニメや漫画の様な無敵チートができるとかそういった事もなかった。何度も死にそうな思いをしたし、強敵の前に何度も死を覚悟したのは事実だ。
 それに、英雄だかの適格があると言われたところで、それまでただの高校生として生きて来た十五~六歳の男女が、いきなり異界の魔物や亜人、或いは魔王に魂を売った人間と命のやり取りを強いられたのである。まともな精神状態でいられるはずなどない。
 最初の頃はろくに眠れなかった。目覚めたら夢であってくれ、自分の家のベッドで目覚めてくれと祈って眠りについていたが、その願いが叶う事もなかった。
 ただただ生き残る事、そしてユウナを死なせない事で必死だった。それ以外の余裕など、一切なかったのである。
 それはユウナも同じだったと思う。最初の頃は、よく泣いていた。だから、俺は自分に言い聞かせる意味も込めて、『俺が絶対に連れて帰る。約束する。だから頑張ろう』と彼女に言ったものだ。
 俺達はこの異世界に来てから、元の世界に戻る為、そして死なない為に、ただがむしゃらにこの理不尽な使命と戦った。
 それは、俺がアニメや漫画で見て来た楽しいファンタジー世界の大冒険とは随分と違っていた。楽しめた事など、一切ない。
 ユウナを好きだと言う感情は残っていたが、彼女とどうこうなるよりも彼女を死なせない為にはどうすべきかをずっと考えて動いていた。それだけ、切羽詰まった状況だったのである。