「それで……何でまた、一緒に風呂入ろうだなんて言い出したの? それも、ローレア先生が関係あるのか?」
気になっていた事を訊いてみた。
ローレア先生の冗談をユウナが真に受ける必要はなかったはずだし、この恥ずかしがりようだから、無理をする必要はなかったのだと思うのだ。
「それもあるけど……」
「あるけど?」
「……慣れていかないといけないって思ったから」
「慣れる?」
抽象的で、大切なところだけを省くのでいまいち主旨がわからない。
これで俺が鈍いだの何だのと言われるのは、ちょっと厳しいのではないだろうか。
「恥ずかしいのにも、慣れないとって……ずっと私が恥ずかしいって言ってたら、エイジくんだってどうしていいかわかんないだろうし」
「それって……」
「うん……まだ恥ずかしいから、その……そういうのはもう少し後になるかもしれないけど、頑張ってるから。もうちょっとだけ待ってね?」
「そ、それはもちろん」
そこまで言われて、意味がわからない程鈍くはない。
彼女もきっと、俺との今後を考えてくれているのだろう。気持ち的には前に進みたいのかもしれないけれど、まだ羞恥だとか、覚悟だとか、そういう要素があって心構えができないのかもしれない。
でも、前向きには考えている、だからもう少しだけ間って欲しい、という彼女の確かな意思をそこから感じた。俺だけがただ一人、悶々としているわけではないのだ。
それに、まだ一緒に暮らし始めて二日目だ。これからもそういうチャンスはある。いや、毎日あるといっても過言ではない。
きっと俺達は、ずっとここで暮らす事になるのだろうから。
「ねえ、さっき話してた事だけどさ」
「ん? さっきって?」
「学院の生徒達と町の人達の話」
「ああ、それか」
風呂に入るだの同衾だのという話で色々すっ飛んでしまっていたが、そんな話を確かにしていたなと思う。
先程夕食を食べていた際──ユウナがご機嫌を損ねる前までに──に、学院側と町の問題についてはあらかた説明してあった。
「文化祭とかどうかな?」
「文化祭?」
「うん。要するに、問題は学校の生徒達が町の人達を下に見てるっていうか、特権意識みたいなものがあるからっていうのが原因なんでしょ?」
俺は無言で頷いた。
校長はそんな感じの事を言っていたので、おそらく間違いはないだろう。
「だから、町の人達を招いて、文化祭をしてみるの。模擬店とかで色々経験してみると、普段町の人がしてるような仕事とも触れ合うわけじゃない? その大変さがわかれば、町の人達を下に見るような事はなくなるんじゃないかな」
「なるほど」
俺達もまだあちらの世界でバイトをした事がないので、本当の苦労や大変さなどはわからない。だが、学祭の模擬店なんかは、仕入れに調理、接客に販売などが必要になってくる。社会経験の一つとしては良いだろう。
所詮は学生のごっこ遊びに近いが、それでも職場を模擬体験できるのではないだろうか。それこそ、学校の授業では経験ができないような事も含めて。
何をしてどうやってお金を落としてもらうのかについても考えるだろうし、それを考えれば『人が喜ぶもの』を考えなければならない。そうなれば、思ずと他者を思い遣る──何を欲しているか──事も考えるようになるだろう。
そういう意味では、確かに文化祭は名案だ。
「それに、ほら。私達も文化祭を経験できるし。ちょうど良いじゃない?」
ユウナはくすくす笑って提案した。
そういえば、俺達は体育祭は経験したけれど、文化祭は経験していない。一学期半ばで異世界に吹っ飛ばされてしたまったせいで、二学期以降のイベントは全て未経験である。
「確かに、一石二鳥だ。明日にでも校長に相談してみようか」
「うん。後ね、打ち上げ花火もしたいなーって」
「打ち上げ花火かぁ。魔法学院の生徒達に協力してもらったら、でっかい花火とか作れそうだよな」
「他には、クリスマスの文化も取り入れたいよね。ツリー飾って、七面鳥焼いて、ケーキも作って。魔法を使ったイルミネーションとかできないかな?」
「どうせだったら雪も降らせたいよな」
「うんうん、いいね!」
俺とユウナは、浴槽の中で肩を寄せ合いながら、思い描く青春を語っていった。
これからある、異世界での余生をどう過ごすかについての展望と希望。その中で、俺達が経験できなかった青春をどうやって取り戻していくか。
このバスボムの様に、実際やってみたら案外簡単に作れたり、やってみたら難しくてできない事もあるだろう。
その中で、俺達はこちらの魔法と向こうの世界の知識を合わせて、ひとつひとつ実現していくのだ。
「案外さ、できる事っていっぱいあるのかもしれないね」
「まあな」
だし巻き卵にバスボムにマヨネーズに、文化祭。味噌が作れれば日本食だって再現が可能になる。
異世界に来れば日本の生活はできないと決めていたが、案外そうではない事はこの数日間でも十分わかった。
「これから何十年も、ずっと一緒だもん。思いつく事、全部やっていこうよ」
「……ああ」
ユウナの肩を抱いて、頷いて見せる。
それはずっと、これからもここで暮らしていく決意。そして、向こうの世界にはもう帰らないという決別でもあった。
この世界で余生を過ごす事を、共に生きて得られなかった青春を取り戻していく事を決意して……俺達は見つめ合って、互いの唇を寄せ合う。
その口付けは、例え異世界であったとしても、ユウナを幸せにしてみせるという別の決意もはらんでいた。
今はまだ、この異世界で生きていく事を決意したばかりで、具体的にどうしてくのかの未来が見えていない。でも、彼女を幸せにする事こそ俺の人生の目的なのではないだろうか。
──いつか、それを誓わせてくれ。
口付けをしながら、そう心の中でユウナに語り掛ける。
俺達の青春は、これからも続いていく。この異世界で、ユウナと一緒の青い日々が日常となって連なっていくのだろう。
そして、青春が行き着くべきところに行きつけば、きっと次の階段が現れる。人はそれを、朱夏と呼ぶのだろう。
俺はその時、ユウナに新たな誓いを申し出るはずだ。恋人から家族になろう、という新たな誓いを。
──でも、それはまた別の、もっと先の話だ。
それまでは、二人だけの青春を楽しもう。
俺とユウナの、二人だけの青春を、この異世界で。
(第一部 了)
気になっていた事を訊いてみた。
ローレア先生の冗談をユウナが真に受ける必要はなかったはずだし、この恥ずかしがりようだから、無理をする必要はなかったのだと思うのだ。
「それもあるけど……」
「あるけど?」
「……慣れていかないといけないって思ったから」
「慣れる?」
抽象的で、大切なところだけを省くのでいまいち主旨がわからない。
これで俺が鈍いだの何だのと言われるのは、ちょっと厳しいのではないだろうか。
「恥ずかしいのにも、慣れないとって……ずっと私が恥ずかしいって言ってたら、エイジくんだってどうしていいかわかんないだろうし」
「それって……」
「うん……まだ恥ずかしいから、その……そういうのはもう少し後になるかもしれないけど、頑張ってるから。もうちょっとだけ待ってね?」
「そ、それはもちろん」
そこまで言われて、意味がわからない程鈍くはない。
彼女もきっと、俺との今後を考えてくれているのだろう。気持ち的には前に進みたいのかもしれないけれど、まだ羞恥だとか、覚悟だとか、そういう要素があって心構えができないのかもしれない。
でも、前向きには考えている、だからもう少しだけ間って欲しい、という彼女の確かな意思をそこから感じた。俺だけがただ一人、悶々としているわけではないのだ。
それに、まだ一緒に暮らし始めて二日目だ。これからもそういうチャンスはある。いや、毎日あるといっても過言ではない。
きっと俺達は、ずっとここで暮らす事になるのだろうから。
「ねえ、さっき話してた事だけどさ」
「ん? さっきって?」
「学院の生徒達と町の人達の話」
「ああ、それか」
風呂に入るだの同衾だのという話で色々すっ飛んでしまっていたが、そんな話を確かにしていたなと思う。
先程夕食を食べていた際──ユウナがご機嫌を損ねる前までに──に、学院側と町の問題についてはあらかた説明してあった。
「文化祭とかどうかな?」
「文化祭?」
「うん。要するに、問題は学校の生徒達が町の人達を下に見てるっていうか、特権意識みたいなものがあるからっていうのが原因なんでしょ?」
俺は無言で頷いた。
校長はそんな感じの事を言っていたので、おそらく間違いはないだろう。
「だから、町の人達を招いて、文化祭をしてみるの。模擬店とかで色々経験してみると、普段町の人がしてるような仕事とも触れ合うわけじゃない? その大変さがわかれば、町の人達を下に見るような事はなくなるんじゃないかな」
「なるほど」
俺達もまだあちらの世界でバイトをした事がないので、本当の苦労や大変さなどはわからない。だが、学祭の模擬店なんかは、仕入れに調理、接客に販売などが必要になってくる。社会経験の一つとしては良いだろう。
所詮は学生のごっこ遊びに近いが、それでも職場を模擬体験できるのではないだろうか。それこそ、学校の授業では経験ができないような事も含めて。
何をしてどうやってお金を落としてもらうのかについても考えるだろうし、それを考えれば『人が喜ぶもの』を考えなければならない。そうなれば、思ずと他者を思い遣る──何を欲しているか──事も考えるようになるだろう。
そういう意味では、確かに文化祭は名案だ。
「それに、ほら。私達も文化祭を経験できるし。ちょうど良いじゃない?」
ユウナはくすくす笑って提案した。
そういえば、俺達は体育祭は経験したけれど、文化祭は経験していない。一学期半ばで異世界に吹っ飛ばされてしたまったせいで、二学期以降のイベントは全て未経験である。
「確かに、一石二鳥だ。明日にでも校長に相談してみようか」
「うん。後ね、打ち上げ花火もしたいなーって」
「打ち上げ花火かぁ。魔法学院の生徒達に協力してもらったら、でっかい花火とか作れそうだよな」
「他には、クリスマスの文化も取り入れたいよね。ツリー飾って、七面鳥焼いて、ケーキも作って。魔法を使ったイルミネーションとかできないかな?」
「どうせだったら雪も降らせたいよな」
「うんうん、いいね!」
俺とユウナは、浴槽の中で肩を寄せ合いながら、思い描く青春を語っていった。
これからある、異世界での余生をどう過ごすかについての展望と希望。その中で、俺達が経験できなかった青春をどうやって取り戻していくか。
このバスボムの様に、実際やってみたら案外簡単に作れたり、やってみたら難しくてできない事もあるだろう。
その中で、俺達はこちらの魔法と向こうの世界の知識を合わせて、ひとつひとつ実現していくのだ。
「案外さ、できる事っていっぱいあるのかもしれないね」
「まあな」
だし巻き卵にバスボムにマヨネーズに、文化祭。味噌が作れれば日本食だって再現が可能になる。
異世界に来れば日本の生活はできないと決めていたが、案外そうではない事はこの数日間でも十分わかった。
「これから何十年も、ずっと一緒だもん。思いつく事、全部やっていこうよ」
「……ああ」
ユウナの肩を抱いて、頷いて見せる。
それはずっと、これからもここで暮らしていく決意。そして、向こうの世界にはもう帰らないという決別でもあった。
この世界で余生を過ごす事を、共に生きて得られなかった青春を取り戻していく事を決意して……俺達は見つめ合って、互いの唇を寄せ合う。
その口付けは、例え異世界であったとしても、ユウナを幸せにしてみせるという別の決意もはらんでいた。
今はまだ、この異世界で生きていく事を決意したばかりで、具体的にどうしてくのかの未来が見えていない。でも、彼女を幸せにする事こそ俺の人生の目的なのではないだろうか。
──いつか、それを誓わせてくれ。
口付けをしながら、そう心の中でユウナに語り掛ける。
俺達の青春は、これからも続いていく。この異世界で、ユウナと一緒の青い日々が日常となって連なっていくのだろう。
そして、青春が行き着くべきところに行きつけば、きっと次の階段が現れる。人はそれを、朱夏と呼ぶのだろう。
俺はその時、ユウナに新たな誓いを申し出るはずだ。恋人から家族になろう、という新たな誓いを。
──でも、それはまた別の、もっと先の話だ。
それまでは、二人だけの青春を楽しもう。
俺とユウナの、二人だけの青春を、この異世界で。
(第一部 了)