「あ、取れた取れた。って……どうしたの?」
「な、何でもない」

 俺が念仏を唱えながら何とか理性を保っている間に、棚からバスボムを一つ取ったユウナが再び肩まで湯船に浸かった。
 彼女の手のひらの中で包まれたが、シュワシュワと音を立て始めている。バスボムの二酸化炭素が濡れた手に反応しているのだ。

「わ、本当にバスボムだ~。入れていい?」
「どうぞ」

 ユウナが少しはしゃいでみせて、そのままゆっくりとバスボムを水の中に沈めていった。
 試作品のバスボムと同じく、シュワシュワと泡を出して、湯船の中を紫色に濁していく。崩れていくバスボムを見守っていると、すぐに湯船全体が白紫色に濁って二人の身体を隠してくれた。

「良い匂い~」

 ユウナはぱしゃぱしゃと子供みたいに濁った水を手で救って、その香りを嗅いでいた。
 着色の度合いで半透明にするか完全に濁らせるかを決められたのだが、今回作ったバスボムは全て濁らせるものばかりだ。
 というのも、俺達は毎回新鮮な水を魔法で生み出して綺麗なお湯の風呂に入っているが、町民はそうではない。大衆浴場なんかは、特にお湯の汚れも目立つだろう。それらをバスボムで濁らせて隠した方が、入る側も快適なのではないかと思ったのだ。
 それに、濁らせるタイプにしてよかったという点はもう二つ程ある。
 一つ目は、肩から下がお湯によって隠れて、ユウナの肌をあまり見なくても済むという点。バスタオルからはみ出た胸元や太腿など、見ているだけで欲望が点火されて大変な事になってしまう。
 二つ目は、エイジくんのエイジさんをバスボムの煙幕効果によって隠せる事だ。正直、膝を立てて誤魔化すにもそろそろ限界な状態になっている。というか、完全にテント状態だ。
 兎角、このバスボムの煙幕効果(?)は俺達に妙な安心感を齎した。先程まで緊張していた空気が、どことなく和らいだ感じがしたのである。

「ちょっと落ち着いたかも」

 ユウナはそう呟くと、俺の肩にそっと身を預けてきた。
 彼女の肌と俺の肌が重なり、一瞬ドキッとはしてしまった。
 だけれど、確かにこの水の中が見えないというのは思っていた以上に大きくて(俺も見られたらまずい状況なものを隠せるわけで)、先程よりかはこちらも余裕がある。

「そうだな」

 俺はそう答えつつ、海の景色へと視線を向ける。
 月明りの海景色は幻想的で、うっすらと明るい水平線の向こう側は、あちら側に続いているのではないかと思わされた。

「……さっきはごめんね。ヤキモチ妬いちゃって」

 ぱしゃりとお湯を手で掬って、改めてユウナが謝罪の言葉を述べた。

「いや、俺も配慮なかったから」
「うん、ほんとにないよ。私が嫉妬するのわからなかった?」
「いや……まさか、そこで嫉妬するとは思ってなかった」

 俺がそう言うと、ユウナは呆れた様に溜め息を吐いて、「まあ、今更だよね」と微苦笑を浮かべた。

「今更って?」
「エイジくんが知らないだけで、今まで結構ヤキモチ妬いてたから。シエラにだって、妬いてたよ?」
「え、まじで⁉」

 全く想像もしてなかった。
 シエラに嫉妬って、そんな場面あったっけかとさえ思う。俺は彼女を女性というより仲間としか見ていなかったからだ。

「だって、シエラってボディタッチとか多かったじゃない? だから、『またエイジくんの事触ってる……』って密かに思ってたりして」
「……ユウナってもしかして、かなり嫉妬心強い?」
「そうなのかも。あんまり自分ではあんまりそういう事思ってなかったんだけど……ほら、こっちの世界って綺麗な人多いじゃない? それで、余計に不安になっちゃって」
「まあ……綺麗は綺麗だけど、そういう対象としてはあまり見た事ないんだけどな」

 確かに綺麗な人は多い。ローレアやシエラがその代表格だ。
 だが、俺はどうやら異世界人の女性には興味をあまり抱けなかった。きっとそれは、ユウナがずっと隣にいたからだろう。