唐突に異世界に転移して魔王討伐の使命を負わされ、使命を達成したにも関わらず元の世界に戻れず途方に暮れていたら、ずっと片思いしていた相手と実は両想いだった事が判明して、二人で元の世界の青春を実現できるか試す運びになった──これまでの話を一行でまとめるとこうなってしまうのだが、この流れについてもう少し詳しく話しておこうと思う。
 始まりは、()()()()()()の六月末の朝だった。
 俺はユウナ──いや、真城結菜に片思いをしていて、彼女と朝の通学バスで()()()()()()遭遇する事を目的に、いつもより早起きをして学校へと向かった。
 狙いは違わず、バスに乗ると彼女が既に乗っていて、俺は心の中でガッツポーズしたものだ(ストーカーちっくだとかは言わないように。恋する男子と言ってくれ)。
 バスに乗ると、真城結菜もこちらに気付いて、にこりと笑って慎ましく頭を下げてくれた。俺も同じ様に、鼻の下を伸ばして挨拶を返したのを覚えている。
 今にして思うと、彼女が他の男子にこういった挨拶じみた事を自分からしていた例は少ない。もしかするとこれが彼女の言う『アピール』だったのかもしれないが、鈍感だった俺は、ただちょくちょく喋る同じクラス・委員会の男子がバスで同乗したから挨拶をしてくれた、くらいにしか思っていなかった。実に残念男子である(それでもめちゃくちゃ喜んでいたのだけれど)。
 それから間もなくしてバスが動き始めたので、また降りた時にでも彼女に改めて挨拶をしよう──そんな事を考えながらつり革を掴んだ時、異変は起こった。
 実際に何が起こったのかは俺にはわからない。ただ、けたたましいブレーキ音と大きな衝撃音が聞こえてきたかと思えば、その直後に視界がぐらりと揺れて身体が吹っ飛ばされていたのだ。それは真城結菜も同じだった。狭いバスの車内で無造作に振り回されながら、『あ、これはヤバいやつだ』と感じたのをよく覚えている。
 時間にしてみれば一瞬だったと思うのだが、意識だけは鮮明で視界はやたらとスローモーションになっていて、宙に浮きながらも周囲を確認する余裕があった。きっと、脳が生命の危機を察知して通常の何倍もの速度で働いていたのだろうと思う。
 俺はスローモーションで人が車内を飛び交うのを確認しながらも、慌てて想い人を探した。そんな状況になっても彼女が心配だったのだ。
 真城結菜も俺と同じく宙に浮きながらも不安げにこちらを見ていて、そんな彼女と目が合った。
 その瞬間、俺は強く願ったのである。この人だけは助けたい、と。
 すると、次の瞬間に視界が真っ白になっていて──俺の意識は途絶えていた。