ユウナが風呂に入っている間、俺は自室で髪を乾かした後、ベッドの上でぼーっと寝転がっていた。
寝具については町の職人に色々注文してお金を掛けて作ったので、宿屋に置かれているものよりも随分と立派だ。ベッドマットもベッドも、貴族が使っているものよりもふかふかである。色々注文しているうちに、職人の中でも新たな発見があったらしく、寝具を発展させる切っ掛けになった、と喜んで貰えた。
まだ俺達の世界のベッド程寝心地が良いわけではないが、この世界で寝たベッドの中では一番寝心地が良い。まあ、そうなるように注文を出しまくったのだから、当然なのだけれど。
兎角、ベッドは大切だ。気持ちよく寝れたら翌日それだけ快適に過ごせるし、パフォーマンスもよくなる。野営や野宿の翌日は、やっぱり身体は万全とは言い難かった。これで毎朝気持ちよく目覚められる事間違いなしである。
ちなみに、ベッドのサイズはセミダブルくらい。どうせオーダーメイドで作る大きなベッドで寝たいというのと……ワンチャン、今は別々の部屋で寝るけども、いつかユウナと一緒に寝るかもしれないと思っての下準備。下準備と書いて『シタゴコロ』とも読む。いいじゃないか。それくらい夢を見ても。
二階建てで部屋もたくさんある事から、ユウナと俺の部屋は別々にあって、もちろんベッドも別々だ。付き合っているのだから一緒に寝てもいいじゃないかとも思うのだけれど、『それはまだ早い』と言われてしまったので、いつかOKになる日を待つ他あるまい。
急いで迫って嫌われたくもないし、まだ付き合って日も浅い。何ならキスだって恥ずかしくてあの日以来してないのに、さすがにそこから先はまだ早い……と、思う。思うけども、色々理性でそれを抑え切れないのが男としての悲しい性である。
ただ、こうして《《自分の部屋》》でぼーっとするのも、随分と久しぶりである。これも、二年前までには当たり前にあった光景。こっちに来てからはこれが始めてだ。
──家では何してたっけ……。
漫画読むか、スマホいじるか、勉強するか……きっとそんな感じだ。特に意味はないけれど、きっと俺にとっては有益だった時間。
ただ……
「暇だ」
スマホもなくて、明日の予定も特になくて、漫画もないこの世界ではこの一人の時間はあまりに暇過ぎた。もう寝るくらいしかない。
──ユウナの奴、もう寝るのかな……。
髪を乾かした後は何やら台所でごそごそしていたが、まだ下にいるのだろうか。
何となくまだ寝る気分にはなれなくて、彼女の事を考えていると……階段のきしむ音が聞こえてきた。それからほどなくして、こんこんと部屋の扉がノックされる。
「うん? はい、どうぞ」
まさかこっちの部屋に立ち寄るとは思っておらず、びっくりしてベッドから起き上がってそう答えると、ユウナが遠慮がちに扉を開いた。
手にはお盆がある。
「ちょっと作ってみたんだけど……一緒に食べない?」
少し得威げな顔をして、ユウナは手の上のお盆をこちらに見せた。
お盆の上には紅茶が入ったコップ二つと、ほんの少しこげ茶が見える、肌色の薄い何かが乗ったお皿。ほんのりとじゃがいもの香りが漂ってきて、ピンときた。
「おお⁉ こ、これはもしかして……ポテチ⁉」
「うん、正解。ビーフシチューの具材、ちょっとだけ余らせちゃってたから」
なんと。まさか、この世界にきてポテチが食べれるとは思ってなかった。
慌てて立ち上がって部屋の隅っこにあったローテーブルを部屋の中央まで持って来る。
ユウナが「ありがとう」と言ってから、テーブルの上にお盆を乗せた。
「おお……マジだ。マジでポテチだ」
「じゃがいもを薄く切って油で揚げただけなんだけどね」
ユウナは困った様に笑うと、ローテーブルの前に腰掛けた。
俺も彼女と向かい合う形で座り、一枚だけポテチを手に取ってみる。
うん、どこからどう見てもポテチだ。
「いや、それでもポテチである事には変わりないだろ」
「まあね。無添加だから、市販のものより全然身体にもいいよ?」
そこまで言ってから、ユウナは「あっ」と一度言葉を詰まらせたから、恥ずかしそうに続けた。
「……こっちで市販されてないんだった」
恥ずかしそうに、てへっと笑みを浮かべる。なにそれ可愛い。
「この前の俺の自販機発言と近いミスだ」
「何だか、調子狂っちゃうよね」
互いに微苦笑を交わし合って、小さく嘆息する。
こう、あっちの世界と近い感覚になってしまうと、どうしても使う単語を誤ってしまうのだ。
ただ、こうした言い間違えはどこか俺達を安心させるものでもあった。俺達はこちらの世界の人間ではなく、《《あちら》》側であると自身に言い聞かせる事ができる気がするからだ。
「食べていいか?」
「どうぞ」
一応許可を経てから「いただきます」と早速口にポテチを放り込む。
油で揚げられたぱりっとした食感と共に、塩味と天然のじゃがいもの味が口の中に広がっていった。
「おおおお! ポテチ! 完全にポテチ! うすしお味!」
やばい。だし巻き卵の時と同じくらい感動してる。当たり前に売ってたスナックにここまで感動するとは、誰が想像するだろうか。
今ポテチをコンビニで簡単に買って食える奴はマジで製造会社に感謝した方がいい。
「でしょ」
ユウナは少しどや顔を見せると、自らもポテチを一枚取って頬張った。
「ん~……! おいしっ」
そして、顔を綻ばせた。
二人共どんな高級料理を食べたのかというような顔になっているが、ただのポテチ。されどポテチである。スナックとは縁のない世界にいると、それだけで感動するものだ。
「それにしても、夜寝る前にポテチを持ってくるなんて……なんて罪な女なんだ」
「そこはほら、引っ越し初日のお祝い的な? それに、無添加だし」
ポテチを一枚取って、満面の笑顔を見せる。
うん、可愛い。無添加じゃなくてもOKしちゃう。
「どれだけ無添加への信仰が強いんだ」
「まあ……この世界の神様よりは、ね?」
「そいつは間違いない」
俺達はそんなブラックジョークを交わしながら、ポテチを食してお茶を流し込む。
いるのかいないのかわからない神よりは、無添加食材の健康度の方が遥かに信用できるに決まっているのだ。
というか、そんな神がいるなら異世界から英雄を召喚するんじゃなくて、この世界から英雄を生み出せばいい。それができない時点で、この世界の神には力がないのは間違いないのである。
「なんだか、こうして夜に見慣れない部屋でお話しながらお菓子食べてると、お泊り会してるみたい」
「あー、言われてみればそうかもな」
お泊りじゃなくてもうここが我が家なのだけれど、まだ初日で慣れていないし、誰かの家に泊まりにきた感の方が強い。
お泊り会なんて、中学の時以来だな。しかも、女の子となると人生で初めてだ。それも相手は好きな女の子で、今や俺の恋人。
修学旅行で女の子の部屋に凸した経験すらない俺にとっては、ちょっと刺激的過ぎる。
「エイジくんって、友達とお泊り会した時はどんな事してた?」
「うーん……お泊り会っていうと、中学の時だしなぁ。夜通しゲームとか、そんな感じだったかな。ユウナは?」
「大体お喋りだったよ。恋バナが多かった気がする」
「え⁉ ユウナも恋バナしてたの⁉」
聞き捨てならない情報が出てきた。
中学の時に彼氏がいたとか、好きな人がいたとかなのだろうか。緊急事態である。全然そんな心構えとか覚悟もできてなかったけど、ユウナだって《《あっち》》にいた頃は普通の女の子だったのだ。恋の一つや二つくらいはしてるかもしれない。
そういえば、こうして異世界で二年間くらいユウナと過ごしてるし、この前から付き合い始めたけど、俺って何もユウナの事知らなくないか?
だめだ、色々不安になってきた。
「……気になる?」
ユウナが悪戯げな笑みを浮かべた。
俺が素直に頷くと(相当むくれた顔をしていたとは思うが)、彼女は俺の耳元まで口を寄せてきた。そして、内緒話をする様にこっそりとこう言ったのだった。
「私のファーストキスは、だし巻き卵の味だったよ?」
寝具については町の職人に色々注文してお金を掛けて作ったので、宿屋に置かれているものよりも随分と立派だ。ベッドマットもベッドも、貴族が使っているものよりもふかふかである。色々注文しているうちに、職人の中でも新たな発見があったらしく、寝具を発展させる切っ掛けになった、と喜んで貰えた。
まだ俺達の世界のベッド程寝心地が良いわけではないが、この世界で寝たベッドの中では一番寝心地が良い。まあ、そうなるように注文を出しまくったのだから、当然なのだけれど。
兎角、ベッドは大切だ。気持ちよく寝れたら翌日それだけ快適に過ごせるし、パフォーマンスもよくなる。野営や野宿の翌日は、やっぱり身体は万全とは言い難かった。これで毎朝気持ちよく目覚められる事間違いなしである。
ちなみに、ベッドのサイズはセミダブルくらい。どうせオーダーメイドで作る大きなベッドで寝たいというのと……ワンチャン、今は別々の部屋で寝るけども、いつかユウナと一緒に寝るかもしれないと思っての下準備。下準備と書いて『シタゴコロ』とも読む。いいじゃないか。それくらい夢を見ても。
二階建てで部屋もたくさんある事から、ユウナと俺の部屋は別々にあって、もちろんベッドも別々だ。付き合っているのだから一緒に寝てもいいじゃないかとも思うのだけれど、『それはまだ早い』と言われてしまったので、いつかOKになる日を待つ他あるまい。
急いで迫って嫌われたくもないし、まだ付き合って日も浅い。何ならキスだって恥ずかしくてあの日以来してないのに、さすがにそこから先はまだ早い……と、思う。思うけども、色々理性でそれを抑え切れないのが男としての悲しい性である。
ただ、こうして《《自分の部屋》》でぼーっとするのも、随分と久しぶりである。これも、二年前までには当たり前にあった光景。こっちに来てからはこれが始めてだ。
──家では何してたっけ……。
漫画読むか、スマホいじるか、勉強するか……きっとそんな感じだ。特に意味はないけれど、きっと俺にとっては有益だった時間。
ただ……
「暇だ」
スマホもなくて、明日の予定も特になくて、漫画もないこの世界ではこの一人の時間はあまりに暇過ぎた。もう寝るくらいしかない。
──ユウナの奴、もう寝るのかな……。
髪を乾かした後は何やら台所でごそごそしていたが、まだ下にいるのだろうか。
何となくまだ寝る気分にはなれなくて、彼女の事を考えていると……階段のきしむ音が聞こえてきた。それからほどなくして、こんこんと部屋の扉がノックされる。
「うん? はい、どうぞ」
まさかこっちの部屋に立ち寄るとは思っておらず、びっくりしてベッドから起き上がってそう答えると、ユウナが遠慮がちに扉を開いた。
手にはお盆がある。
「ちょっと作ってみたんだけど……一緒に食べない?」
少し得威げな顔をして、ユウナは手の上のお盆をこちらに見せた。
お盆の上には紅茶が入ったコップ二つと、ほんの少しこげ茶が見える、肌色の薄い何かが乗ったお皿。ほんのりとじゃがいもの香りが漂ってきて、ピンときた。
「おお⁉ こ、これはもしかして……ポテチ⁉」
「うん、正解。ビーフシチューの具材、ちょっとだけ余らせちゃってたから」
なんと。まさか、この世界にきてポテチが食べれるとは思ってなかった。
慌てて立ち上がって部屋の隅っこにあったローテーブルを部屋の中央まで持って来る。
ユウナが「ありがとう」と言ってから、テーブルの上にお盆を乗せた。
「おお……マジだ。マジでポテチだ」
「じゃがいもを薄く切って油で揚げただけなんだけどね」
ユウナは困った様に笑うと、ローテーブルの前に腰掛けた。
俺も彼女と向かい合う形で座り、一枚だけポテチを手に取ってみる。
うん、どこからどう見てもポテチだ。
「いや、それでもポテチである事には変わりないだろ」
「まあね。無添加だから、市販のものより全然身体にもいいよ?」
そこまで言ってから、ユウナは「あっ」と一度言葉を詰まらせたから、恥ずかしそうに続けた。
「……こっちで市販されてないんだった」
恥ずかしそうに、てへっと笑みを浮かべる。なにそれ可愛い。
「この前の俺の自販機発言と近いミスだ」
「何だか、調子狂っちゃうよね」
互いに微苦笑を交わし合って、小さく嘆息する。
こう、あっちの世界と近い感覚になってしまうと、どうしても使う単語を誤ってしまうのだ。
ただ、こうした言い間違えはどこか俺達を安心させるものでもあった。俺達はこちらの世界の人間ではなく、《《あちら》》側であると自身に言い聞かせる事ができる気がするからだ。
「食べていいか?」
「どうぞ」
一応許可を経てから「いただきます」と早速口にポテチを放り込む。
油で揚げられたぱりっとした食感と共に、塩味と天然のじゃがいもの味が口の中に広がっていった。
「おおおお! ポテチ! 完全にポテチ! うすしお味!」
やばい。だし巻き卵の時と同じくらい感動してる。当たり前に売ってたスナックにここまで感動するとは、誰が想像するだろうか。
今ポテチをコンビニで簡単に買って食える奴はマジで製造会社に感謝した方がいい。
「でしょ」
ユウナは少しどや顔を見せると、自らもポテチを一枚取って頬張った。
「ん~……! おいしっ」
そして、顔を綻ばせた。
二人共どんな高級料理を食べたのかというような顔になっているが、ただのポテチ。されどポテチである。スナックとは縁のない世界にいると、それだけで感動するものだ。
「それにしても、夜寝る前にポテチを持ってくるなんて……なんて罪な女なんだ」
「そこはほら、引っ越し初日のお祝い的な? それに、無添加だし」
ポテチを一枚取って、満面の笑顔を見せる。
うん、可愛い。無添加じゃなくてもOKしちゃう。
「どれだけ無添加への信仰が強いんだ」
「まあ……この世界の神様よりは、ね?」
「そいつは間違いない」
俺達はそんなブラックジョークを交わしながら、ポテチを食してお茶を流し込む。
いるのかいないのかわからない神よりは、無添加食材の健康度の方が遥かに信用できるに決まっているのだ。
というか、そんな神がいるなら異世界から英雄を召喚するんじゃなくて、この世界から英雄を生み出せばいい。それができない時点で、この世界の神には力がないのは間違いないのである。
「なんだか、こうして夜に見慣れない部屋でお話しながらお菓子食べてると、お泊り会してるみたい」
「あー、言われてみればそうかもな」
お泊りじゃなくてもうここが我が家なのだけれど、まだ初日で慣れていないし、誰かの家に泊まりにきた感の方が強い。
お泊り会なんて、中学の時以来だな。しかも、女の子となると人生で初めてだ。それも相手は好きな女の子で、今や俺の恋人。
修学旅行で女の子の部屋に凸した経験すらない俺にとっては、ちょっと刺激的過ぎる。
「エイジくんって、友達とお泊り会した時はどんな事してた?」
「うーん……お泊り会っていうと、中学の時だしなぁ。夜通しゲームとか、そんな感じだったかな。ユウナは?」
「大体お喋りだったよ。恋バナが多かった気がする」
「え⁉ ユウナも恋バナしてたの⁉」
聞き捨てならない情報が出てきた。
中学の時に彼氏がいたとか、好きな人がいたとかなのだろうか。緊急事態である。全然そんな心構えとか覚悟もできてなかったけど、ユウナだって《《あっち》》にいた頃は普通の女の子だったのだ。恋の一つや二つくらいはしてるかもしれない。
そういえば、こうして異世界で二年間くらいユウナと過ごしてるし、この前から付き合い始めたけど、俺って何もユウナの事知らなくないか?
だめだ、色々不安になってきた。
「……気になる?」
ユウナが悪戯げな笑みを浮かべた。
俺が素直に頷くと(相当むくれた顔をしていたとは思うが)、彼女は俺の耳元まで口を寄せてきた。そして、内緒話をする様にこっそりとこう言ったのだった。
「私のファーストキスは、だし巻き卵の味だったよ?」