「ぷはーっ……極楽」
俺は魂が震える喜びを感じながら、大人が三人は入れそうな大きな湯船へと身体を沈めていく。
我が家での初風呂。感動である。一応洗い場もあるので、もちろん身体を清潔にしてから湯船インだ。
ちょっとお湯が熱すぎる気がしなくもないが、あまり長風呂しなければ問題ないだろう。
お湯は水魔法と火炎魔法を調節して生み出したものなので、水汲みや風呂を沸かす手間は一切ない。何なら、毎回新しいお湯で浴槽を満たす事もできる。ガス代や水道代を気にしなくても良いのが嬉しい点だ。
ガスや電気、水道がない代わりに、こうして魔法で代用できるのがこの世界の良いところだろう。まだまだ不便に感じる事は多いが、こうして環境を整えて魔法も生活に適用させていけば、この異世界でも《《あちら》》の世界と近い生活は送れそうだ。
俺達はこの世界にない発想を持っている。更に、〝勇者〟や〝聖女〟の適格者だからかわからないが、その発想をもとに魔法を発展する事もできるようだ。ユウナの〈物質転移魔法〉による瞬間生着替えが良い例である。
俺達は自らの発想を元に、魔法を発展させて生活に適用させられる。もっとそうした発想と生活、或いは青春と結びつけていく事ができれば、こちらの世界でも俺達は充実した生活を送れるのではないだろうか。
魔王討伐時代は戦って勝つ、或いは生き残る事しか考えていなかったが、こうして余裕ができてくると、魔法を色々発展・生活に適用させるかについても考えられる。きっとまだ俺達が思い至っていないだけで、もっと生活は便利且つ快適にできるはずなのだ。元の世界の記憶と魔法を結びつける発想力が大切である。
まあ、でも毎日入れる風呂と水で流せるトイレ、それとふかふかのベッドで毎日寝れるっていう環境を手に入れられたのは大きい。これこそ俺達が最も欲していたものと言っても過言ではなかった。
とりあえずはその環境を存分に味わうとしよう。転移前は当たり前にあったものばかりであるが、それが如何に大切かを身体の隅々まで実感させてやらねば。
「お湯加減、どう?」
風呂場の外の脱衣所からユウナが訊いてくる。
「んー、快適過ぎて極楽ぅ」
ずぶずぶ、と湯船の中に沈みながら答えると、彼女が可笑しそうに笑っていた。
「ゆっくり入ってね。お湯はそのままでいいから」
「新しく入れ替えないのか?」
「うん。なんだか勿体ないし」
魔法なのだから勿体ないも糞もないと思うのだが、ユウナは《《あちら》》での感覚を優先したいらしい。
それも大切な事だと思う。まあ、湯が汚いって思えば自分で入れ替えるだろうし、彼女がそれで良いというのならば止めはしない。
「せっかくお風呂もあるし、バスボムとかも作りたいなぁって思うんだけど……作り方どころか材料もわからないから、さすがに魔法では作り出せないんだよね。あれって何でシュワシュワするんだろ?」
ユウナは扉に凭れかかったまま言った。
うん、好きな女の子が扉一枚向こうにいる状態で全裸状態なのはさすがに恥ずかしいというか、妙に緊張してしまうのだけれど……彼女は平気なのだろうか。
「バスボムかぁ。確か重曹とかクエン酸で作れるんじゃなかったっけか」
俺は遠い過去の記憶掘り返しながら、彼女の疑問に答えた。
「そうなの⁉」
「うん。シュワシュワするのは炭酸と同じで、二酸化炭素なんだ。重曹とクエン酸が水と反応して二酸化炭素が発生してるんだよ」
「そうだったんだ……知らなかった。どうして知ってるの?」
「……化学の授業があまりに退屈だったから、しょーもない事を調べてたんだよ」
俺のアホ過ぎる解答に、「エイジくんらしいね」とユウナは笑った。
勉強は好きではなかったが、教科書に書いてある事から派生して個人的に気になった事を調べるのは好きだった。
その結果、テストでは何の役にも立たない雑学が積み重なっていくのだが、こうした会話で時たま役に立つ事があるので、捨てたものではないなと思う。少なくとも、テストに特化した勉強ばかりしていたら、バスボムの作り方は一生知らなかったはずなのである。
「それにしても、重曹とクエン酸かぁ。どっちも薬局とか百均で売ってるイメージだけど、こっちでは手に入れられないのかな」
「そうか? 重曹って言ってしまえばベーキングパウダーだろ?」
「え、そうだったの⁉」
「ああ。重曹は別名『炭酸水素ナトリウム』。確かベーキングパウダーの主成分だったはずなんだけど……」
めちゃくちゃ記憶が曖昧だが、確かそんな感じの内容だった。
ベーキングパウダーは〝ふくらし粉〟とも呼ばれており、お菓子やパンに使われる膨張剤だ。俺の記憶によれば、重曹と重酒石酸カリウム、炭酸アンモニウムを混ぜて作られたもので、水分に反応して発生する炭酸ガスによって生地を膨らませていた、と記憶している。
この世界でパン作りはした事はないが、パンは間違いなくあるので(さっきもスープパン食べたし)、当然ベーキングパウダーもあるはずである。ならば、ベーキングパウダーを作る前の工程として、重曹も存在するのではないだろうか。
「じゃあ、町でベーキングパウダーを売ってるお店に訊けば、重曹も手に入るかな?」
俺の説明を聞いたユウナが声を弾ませた。
扉越しだからわからないけど、きっとその青み掛かった瞳を輝かせているのだろう。
「あるんじゃないか? 多分、だけど」
期待させておいて悪いが、確証はなかった。重曹の代わりとなるものが異世界であったならば、それでおしまいだ。まあ、その場合はそれを使えば良いのかもしれないけれど。
「重曹はパン屋さんに訊くとして……後はクエン酸だよね」
「そっちの方が何とかなりそうな気もしなくもないんだよな。昔、実験でやったろ?」
「え、そうだっけ?」
「俺は中学の時に実験でやったけど……ユウナの中学ではやらなかったのか?」
「えっと……ごめん。覚えてない」
ユウナの素っ頓狂な声に、俺は湯船の中でがくっと身体を崩した。
そうだった。忘れていたけれど、ユウナはガチガチの文系で理系科目が苦手だったのである。テストとなれば学問と割り切って対策を頑張るけれど、それ以外はできれば避けたい、と言っていた。
まあ、俺はむしろその逆で、あんまりテストに関係ないところばかりに興味を惹かれてしまっていたのだけれど。
「まあ、正直俺もうろ覚えだからどうやってたかまではあんまり覚えてないんだけど……レモンからクエン酸を抽出した実験をしたのは覚えてる」
「え、じゃあもしかしてバスボム作れる⁉」
「多分……作れなくはないかも、しれない?」
期待させてしまっているところ悪いが、自信はなかった。
そもそもクエン酸って発見されたのって割と最近じゃなかったっけ? 中世的世界観のファンタジー異世界で抽出するのは無理なんじゃないだろうか。
ただ、それはレモンやお酢の中にクエン酸が存在するという事を世界が知らなかったからである。どこの中に存在するかというのを知っていれば、上手い事魔法を駆使して作れるのではないだろうか。
自由研究で作ってる奴もいたくらいだし、なんだかできそうな気がする。それは重曹とクエン酸が簡単に手に入る環境下にあったから、という事もあるだろうが。
ただ、重曹とクエン酸が手に入ったならば、ほぼほぼバスボムは作れたも同然である。あとは精油とか色を付ける何かだけあれば作れるはずだ。
案外、こうやって昔の知識とかをフル活用すれば、まだまだ近付けられるのかもしれない。
「……で、ユウナ」
「なあに?」
「そろそろ逆上せそうなんだけど、上がっていいか?」
ちょっとお湯を熱めにしてしまったせいで、俺の方が限界を迎えてしまった。
もうちょっとお湯の温度設定を正確にする訓練をしないとだめだな、と思わされた瞬間である。
「え⁉ あっ、ごめん!」
ユウナはそれを聞いて、慌てて脱衣所から出て行った。
彼女が出ていったのを確認してから、風呂を上がって脱衣所の扉へと手を掛けた。
──バスボム、か……作れるかどうかわからないけれど、試してみるのも良いかもしれないな。
ユウナが欲しがっているなら、ちょっと頑張ってみよう。
でも、クエン酸かー。確かレモンだけじゃ抽出できなかったよな。炭酸カルシウムと、あと何だっけ? 硫酸? そんなの手に入るのかな……。
中学生が自由研究で簡単に作れるものでさえ作れないなんて、まだまだ不便な事は多そうだ。
俺は魂が震える喜びを感じながら、大人が三人は入れそうな大きな湯船へと身体を沈めていく。
我が家での初風呂。感動である。一応洗い場もあるので、もちろん身体を清潔にしてから湯船インだ。
ちょっとお湯が熱すぎる気がしなくもないが、あまり長風呂しなければ問題ないだろう。
お湯は水魔法と火炎魔法を調節して生み出したものなので、水汲みや風呂を沸かす手間は一切ない。何なら、毎回新しいお湯で浴槽を満たす事もできる。ガス代や水道代を気にしなくても良いのが嬉しい点だ。
ガスや電気、水道がない代わりに、こうして魔法で代用できるのがこの世界の良いところだろう。まだまだ不便に感じる事は多いが、こうして環境を整えて魔法も生活に適用させていけば、この異世界でも《《あちら》》の世界と近い生活は送れそうだ。
俺達はこの世界にない発想を持っている。更に、〝勇者〟や〝聖女〟の適格者だからかわからないが、その発想をもとに魔法を発展する事もできるようだ。ユウナの〈物質転移魔法〉による瞬間生着替えが良い例である。
俺達は自らの発想を元に、魔法を発展させて生活に適用させられる。もっとそうした発想と生活、或いは青春と結びつけていく事ができれば、こちらの世界でも俺達は充実した生活を送れるのではないだろうか。
魔王討伐時代は戦って勝つ、或いは生き残る事しか考えていなかったが、こうして余裕ができてくると、魔法を色々発展・生活に適用させるかについても考えられる。きっとまだ俺達が思い至っていないだけで、もっと生活は便利且つ快適にできるはずなのだ。元の世界の記憶と魔法を結びつける発想力が大切である。
まあ、でも毎日入れる風呂と水で流せるトイレ、それとふかふかのベッドで毎日寝れるっていう環境を手に入れられたのは大きい。これこそ俺達が最も欲していたものと言っても過言ではなかった。
とりあえずはその環境を存分に味わうとしよう。転移前は当たり前にあったものばかりであるが、それが如何に大切かを身体の隅々まで実感させてやらねば。
「お湯加減、どう?」
風呂場の外の脱衣所からユウナが訊いてくる。
「んー、快適過ぎて極楽ぅ」
ずぶずぶ、と湯船の中に沈みながら答えると、彼女が可笑しそうに笑っていた。
「ゆっくり入ってね。お湯はそのままでいいから」
「新しく入れ替えないのか?」
「うん。なんだか勿体ないし」
魔法なのだから勿体ないも糞もないと思うのだが、ユウナは《《あちら》》での感覚を優先したいらしい。
それも大切な事だと思う。まあ、湯が汚いって思えば自分で入れ替えるだろうし、彼女がそれで良いというのならば止めはしない。
「せっかくお風呂もあるし、バスボムとかも作りたいなぁって思うんだけど……作り方どころか材料もわからないから、さすがに魔法では作り出せないんだよね。あれって何でシュワシュワするんだろ?」
ユウナは扉に凭れかかったまま言った。
うん、好きな女の子が扉一枚向こうにいる状態で全裸状態なのはさすがに恥ずかしいというか、妙に緊張してしまうのだけれど……彼女は平気なのだろうか。
「バスボムかぁ。確か重曹とかクエン酸で作れるんじゃなかったっけか」
俺は遠い過去の記憶掘り返しながら、彼女の疑問に答えた。
「そうなの⁉」
「うん。シュワシュワするのは炭酸と同じで、二酸化炭素なんだ。重曹とクエン酸が水と反応して二酸化炭素が発生してるんだよ」
「そうだったんだ……知らなかった。どうして知ってるの?」
「……化学の授業があまりに退屈だったから、しょーもない事を調べてたんだよ」
俺のアホ過ぎる解答に、「エイジくんらしいね」とユウナは笑った。
勉強は好きではなかったが、教科書に書いてある事から派生して個人的に気になった事を調べるのは好きだった。
その結果、テストでは何の役にも立たない雑学が積み重なっていくのだが、こうした会話で時たま役に立つ事があるので、捨てたものではないなと思う。少なくとも、テストに特化した勉強ばかりしていたら、バスボムの作り方は一生知らなかったはずなのである。
「それにしても、重曹とクエン酸かぁ。どっちも薬局とか百均で売ってるイメージだけど、こっちでは手に入れられないのかな」
「そうか? 重曹って言ってしまえばベーキングパウダーだろ?」
「え、そうだったの⁉」
「ああ。重曹は別名『炭酸水素ナトリウム』。確かベーキングパウダーの主成分だったはずなんだけど……」
めちゃくちゃ記憶が曖昧だが、確かそんな感じの内容だった。
ベーキングパウダーは〝ふくらし粉〟とも呼ばれており、お菓子やパンに使われる膨張剤だ。俺の記憶によれば、重曹と重酒石酸カリウム、炭酸アンモニウムを混ぜて作られたもので、水分に反応して発生する炭酸ガスによって生地を膨らませていた、と記憶している。
この世界でパン作りはした事はないが、パンは間違いなくあるので(さっきもスープパン食べたし)、当然ベーキングパウダーもあるはずである。ならば、ベーキングパウダーを作る前の工程として、重曹も存在するのではないだろうか。
「じゃあ、町でベーキングパウダーを売ってるお店に訊けば、重曹も手に入るかな?」
俺の説明を聞いたユウナが声を弾ませた。
扉越しだからわからないけど、きっとその青み掛かった瞳を輝かせているのだろう。
「あるんじゃないか? 多分、だけど」
期待させておいて悪いが、確証はなかった。重曹の代わりとなるものが異世界であったならば、それでおしまいだ。まあ、その場合はそれを使えば良いのかもしれないけれど。
「重曹はパン屋さんに訊くとして……後はクエン酸だよね」
「そっちの方が何とかなりそうな気もしなくもないんだよな。昔、実験でやったろ?」
「え、そうだっけ?」
「俺は中学の時に実験でやったけど……ユウナの中学ではやらなかったのか?」
「えっと……ごめん。覚えてない」
ユウナの素っ頓狂な声に、俺は湯船の中でがくっと身体を崩した。
そうだった。忘れていたけれど、ユウナはガチガチの文系で理系科目が苦手だったのである。テストとなれば学問と割り切って対策を頑張るけれど、それ以外はできれば避けたい、と言っていた。
まあ、俺はむしろその逆で、あんまりテストに関係ないところばかりに興味を惹かれてしまっていたのだけれど。
「まあ、正直俺もうろ覚えだからどうやってたかまではあんまり覚えてないんだけど……レモンからクエン酸を抽出した実験をしたのは覚えてる」
「え、じゃあもしかしてバスボム作れる⁉」
「多分……作れなくはないかも、しれない?」
期待させてしまっているところ悪いが、自信はなかった。
そもそもクエン酸って発見されたのって割と最近じゃなかったっけ? 中世的世界観のファンタジー異世界で抽出するのは無理なんじゃないだろうか。
ただ、それはレモンやお酢の中にクエン酸が存在するという事を世界が知らなかったからである。どこの中に存在するかというのを知っていれば、上手い事魔法を駆使して作れるのではないだろうか。
自由研究で作ってる奴もいたくらいだし、なんだかできそうな気がする。それは重曹とクエン酸が簡単に手に入る環境下にあったから、という事もあるだろうが。
ただ、重曹とクエン酸が手に入ったならば、ほぼほぼバスボムは作れたも同然である。あとは精油とか色を付ける何かだけあれば作れるはずだ。
案外、こうやって昔の知識とかをフル活用すれば、まだまだ近付けられるのかもしれない。
「……で、ユウナ」
「なあに?」
「そろそろ逆上せそうなんだけど、上がっていいか?」
ちょっとお湯を熱めにしてしまったせいで、俺の方が限界を迎えてしまった。
もうちょっとお湯の温度設定を正確にする訓練をしないとだめだな、と思わされた瞬間である。
「え⁉ あっ、ごめん!」
ユウナはそれを聞いて、慌てて脱衣所から出て行った。
彼女が出ていったのを確認してから、風呂を上がって脱衣所の扉へと手を掛けた。
──バスボム、か……作れるかどうかわからないけれど、試してみるのも良いかもしれないな。
ユウナが欲しがっているなら、ちょっと頑張ってみよう。
でも、クエン酸かー。確かレモンだけじゃ抽出できなかったよな。炭酸カルシウムと、あと何だっけ? 硫酸? そんなの手に入るのかな……。
中学生が自由研究で簡単に作れるものでさえ作れないなんて、まだまだ不便な事は多そうだ。