家が決まれば、やる事は無限にある。
 まず、家の状態を確かめる為にレジーナさんと共にその空き家まで案内してもらった。空き家としてたまに掃除されていたらしく、状態はそこまで悪くない。
 その足でレジーナさんに町のハウスクリーニング屋さんとこの家の建築に携わった建築業者を紹介してもらい、ハウスクリーニングと増改築の相談を行った。
 最初は魔法を用いつつ二人で掃除や増改築を行おうかとも考えたのだが、実際に建築物に関しては勝手がわからない事が多い。それに、ウェンデルの町にお金を落とした方が町も活性化するだろうとも思って、全部委託してしまったのだ。
 その間俺達はホテル暮らしになるのだが、なに、どうせ余っている金だ。ケチ臭く節約するより、バンバン使って町を潤わしていった方が良いだろう。
 増改築に関しては、主にトイレやその他傷んだところがメインである。家の離れにボットン式のトイレがあったのだが、これに風呂と同じ様な排水溝を海に向けてつけて欲しいと頼んだ。あとは、雨ざらしで傷んでしまっている箇所や壁の修繕等々。一応、門と門壁もあったのだが汚れてしまっていたので、それも綺麗にしてもらう様に頼んである。
 業者の方々が作業を頑張って下さっている間、俺達は町と家を行き来して家具を揃えたり、作業員達に差し入れを買ってきて振舞ったりしていた。
 数日のうちに台所が使える様になったのだが、その時のユウナの喜び様といったらなかった。この世界に来てから初めてまともな環境で料理が作れると大いにはしゃいでいた。
 石窯は扱いが難しいらしいので、暫く慣れるまでは時間がかかるとの事だが──現代の台所環境が如何に優れているかを実感したそうだ──彼女ならば、きっと大丈夫だろう。
 それから半月程度の時間を要して、家の修繕やハウスクリーニングが終わった。
 一番時間のかかったものはやっぱり新しいトイレの設置だったが、建築業者さんができるだけ俺達の理想に近付けたいと考えに考えてくれたのだ。
 ちなみに、トイレは俺達の知っているものに近い便座式。しかも、水魔法で流せば全て海まで流し込んでくれる排水管尽きだ。

「うおおお……ちゃんと流れる! 水洗トイレだ……!」
「やっとちゃんとしたお手洗いで……うぅ」

 水魔法でトイレが流せるかを二人で確認した際、ユウナは感動のあまり泣いていた。実は俺も涙ぐんでいた。
 やはり、日本人的にトイレは最も大切な場所だと思うのだ。《《あちら》》の世界では類を見ない程綺麗なトイレがあると評判の国で過ごしていた俺達が、文化的にかなり劣るトイレ環境で用を足さなければならないのはかなり苦痛だった。
 こう、トイレがちゃんとしていると、それだけでかなり文化的な生活をしている気になれる。今までの劣悪な環境でのトイレ事情は、正直思い出しくもなかった。それらを考えると、ユウナが泣いてしまうのもわかる。あまりにも俺達にとって、こちらの環境は大変だったのだ。
 ちなみにウオッシュレットも自分で水を出す事になるが、魔力の調整を誤ればケツまでびしょびしょになってしまうので、そこだけは注意が必要である。

「お風呂も綺麗になってるー」

 修繕・クリーニングが終わった風呂を覗いて、ユウナが感嘆の声を漏らした。
 ハウスクリーニング業者さんも、勇者と聖女が顧客だという事で気合を入れてくれたらしい。家の中もピカピカだ。

「今日からここで毎日風呂が入れるのか……」
「当たり前の事だったのに、それがこんなに有り難い事だったなんてね」

 綺麗な風呂に毎日入れるだけで幸せだったなんて、二年前の俺に言っても伝わらないだろう。だが、それは風呂好きの民族としては間違いなく当たり前にある幸せの一つだ。
 一応ウェンデルに着いて以降も宿の大浴場で風呂には入っていたが、毎回真新しいお湯で俺達の為だけに沸かされたお風呂に入るのと、大衆用の大浴場では随分と質が異なる。当たり前であるが、入る時間帯によってはお湯が綺麗な時もあれば、汚い時もあるのだ。それが、毎回綺麗で新鮮なお湯……贅沢である。

「感謝の意を込めて、一日三回くらいはお風呂に入らないとな」
「入り過ぎだよ。女の子はお風呂に入った後も色々大変なんだから」
「大変って、何が?」
「え? えっと……髪乾かしたり、柔軟したり、色々ケアしたりとか」

 ユウナがもじもじと恥ずかしそうに答えた。
 なるほど。女子的にお風呂が面倒だと聞いた事があるが、そこには男子の知らぬ女子ならではのものが色々あるのだろう。
 それから俺達はそれぞれの部屋を見て回る。
 一階は大きなリビングと台所、風呂と脱衣所、それから客間らしき場所。客間らしき場所は使用用途が決まっていないので、とりあえずは物置にしている。二階は三部屋だけで、俺とユウナそれぞれの寝室と空き部屋が一つ。トイレは屋外に別途新しく設置してもらっていて、外にでなければならないけど、憧れの水洗だ。
 うん、自分でもこんなに良い住環境が作れると思ってなかった。
 貴族の邸宅というよりは本当に別荘という感じで、俺達の知る一軒家くらいのサイズ感だ。ちょうど生活しやすい住環境である。

「ねえ。早速だけど、夕飯作っていい?」
「え、いいの? 初日だし、町で何か買ってきても良いかと思ってたんだけど……」
「うん。早く石窯に慣れたいっていうのもあるけど……入居初日だからこそ、二人でお祝いしたいなって。どうかな?」

 上目遣いで、おずおずと訊いてくる。
 入居初日に二人でお祝い──なんだか、同棲カップルみたいな単語で思わず昂ってしまう。いや、実際に同棲カップルなんだけれど、ちょっと俺達の知るそれとは異なる様に思っていたから、改めてそれっぽい単語を聞くとテンションが上がる。

「じゃあ頼むよ。なんか買い出しとか必要だったら、ひとっ走りいってくるから、何でも言って」
「うん。ありがとう」

 そんな言葉を交わし合って、互いにちらちらと視線を交え合う。

「えっと……改めて、今日から宜しくね。エイジくん」
「ああ。宜しく、ユウナ」

 俺達は照れた笑みを浮かべながら、何度目かの『宜しく』の挨拶を交わした。
 こうして、ユウナとのドキドキ同棲生活が始まったのだった。