「……新婚さんなら、一緒の部屋で寝る事になるぞ」
「えッ⁉」

 俺の反撃に、今度はユウナが顔を赤くする。
 うぶ男子の前で安易に新婚さんなんて妄想ワードを使った事を後悔させてやらねば。男子高校生なんて頭の中はえっちな事でいっぱいなのだから、当然こう返す事になる。
 まあ、そんなくだらない事を考えられるだけでも今は大分精神的な余裕が戻ってきたという証拠なのだけれど。
 魔王討伐が頭の中にある間は変な事を考える余裕もなかった。戦い、戦い、戦いである。それから解放されただけでも、大分違う。

「そ、それは……」
「ほら、どうなんだよ。新婚さんだったら当然一緒のベッドで寝る事になるんだぞ? それでもいいのか?」

 うりうり、とここぞとばかりに反撃に出る。
 いつも俺ばかり照れさせられている気がするので、反撃できる時はしておかないといけない。彼氏の威厳ってものがなくなってしまう。そんなもの最初からあるのかさえ謎であるが。

「い、一緒に寝るのは、その……《《まだ》》早いと思う」

 ユウナは恥ずかしそうにこちらをちらりと上目で見てから目を逸らすと、そうぽそりと言った。

「え……」

 予想外の言葉が返ってきて、今度は俺の方が狼狽してしまった。
 今、『《《まだ》》』って言ったよな? それは、その……いつかは一緒に寝てくれるって事⁉

「それって……」
「ほ、ほら! 早く行こっ? 他の人に、良い物件取られちゃう!」

 ユウナが俺から逃げる様にして、前をさっさか歩いて行く。
 いやいや、そんな春の東京じゃあるまいし。ウェンデルは他の人と物件を取り合う程移住希望者が多い町ではないだろうに。
 でも、ここをうやむやにしておくわけにはいかない。俺は意を決して、ユウナを呼び止めた。

「待った、ユウナ」
「な、なに?」

 彼女はまだ顔を赤らめたまま、少し気まずそうにこちらを振り向いた。

「その……いつかはいいのか?」

 ごくり、と固唾を飲んでしまったのが自分でもわかる。
 この前キスをしたばかりなのに急ぎ過ぎではないかとも思うのだけれども、ここは大事なところなので──期待しても良いのかという意味に於いても──是非はっきりしておきたい。
 すると、ユウナはちらりとこちらを一瞥してから……こくり、と頷いた。もちろん、さっきよりも顔を赤くして。

「ユウナ!」
「ひゃっ⁉」

 その仕草と表情があまりに可愛くて、おもいっきり町中で抱き締めてしまった。
 通行人からの視線が痛いが、今は感動の方が上回っているので気にしない。後で死ぬ程恥ずかしい思いをしそうだけど、今は自らの衝動に身を任せたい。

「もうっ、どうしたの?」
「いや、ごめん。嬉しくて、つい」
「そ、そんなに喜ぶ事なの……?」

 ユウナはおろおろと困惑した様子ではあるが、俺の腕の中で大人しくしていた。
 こうして制服姿の彼女を抱き締めていると、本当にあの真城結菜と付き合っていると実感ができてもっと嬉しくなってくる。
 返事の意味も込めて、少しだけ彼女を抱き締める腕に力を込めてみた。

「……えっち」

 ユウナは小さな声で、そう俺を咎めた。
 だが、その声色はどちらかというと恥ずかしそうでもありながら少し嬉しそうでもあり、一切の棘がなかった。