『私が好きだったのは、エイジくんだから』

 予期していなかった告白に、今度は俺の方が息を詰まらせる。
 言葉の意味が理解できず、一瞬時が止まった程だ。

「……は⁉ え⁉」

 一瞬ショートしてしまった脳を再起動させて言葉の意味を理解しても、状況が理解できなかった。
 
 ──え、どういう事? ユウナも前から俺の事が好きだったって事?

 そんなバカな。全然それっぽいニュアンスの事をこれまで感じた事がなかったのだけれど。
 混乱する頭を落ち着けて改めて彼女の方を覗き見ると、彼女は顔を赤く染めつつも口を尖らせ、少し傷付いた素振りを見せていた。

「あ、やっぱり気付いてなかったんだ? ショックだなぁ。私なりに結構頑張ってアピールしてたつもりだったんだけど」
「え、そうなの……?」

 ダメだ、彼女いない歴=年齢の俺には難易度が高過ぎる。二年前の記憶を遡っても全然それっぽいシーンが出てこない。
 ただ放課後とか委員会終わりに教室で下校時間ぎりぎりまで談笑してたり、たまに一緒に帰ったりしたくらいしか記憶がない。ただ、一緒に話してて楽しいな、と思う程度だった。
 それは俺が彼女を好きだからそう感じていたと思ってたのだけれど……違ったのだろうか。

「まあ、エイジくんって自分の事になると鈍いもんね」

 ユウナはそう言って呆れた様にわざとらしく嘆息すると、いつもの困り顔で笑って見せた。
 その笑顔を見ていると、どうしてか心が温かくなってきて、すぐに心がほっこりしてくる。この過酷な異世界で、彼女のこの笑顔に何度支えられてきただろうか。

「いや……まあ、うん。鈍いのかな。ごめん」

 どれだけ記憶をひっくり返してみてもアピールらしきものをされた記憶がなかったのだが、多分俺が鈍くて本当に気付いていなかったのだろう。
 元の世界にいた頃に自分が鈍いという感覚はなかったのだが、この二年間の異世界生活を通して自分がちょっと鈍いのではないかとは思い始めている。
 例えば、旅の途中で何人かの女性が俺に好意を持っていたそうだったのだが、俺は全く気付かなくて、ユウナや仲間達が気付いている、という例が何度かあったのだ。その度に彼女らに呆れられたものである。

「それで、エイジくんは?」
「え?」
「告白の返事……待ってるんだけど」

 おずおずと、少し自信無さげに訊いてくる。
 彼女は現世でも異世界でも〝聖女〟と呼ばれているのに、どうしてか自分にいまいち自信を持てていなかった。自己肯定感が少し低いな、と俺から見ていても思うところがある。
 ただ、彼女の方からこうして勇気を出して告白してくれたのだから、それに応えないのは男の風上にも置けない行為である。
 ユウナに気付かれない様に小さく深呼吸をしてから、彼女の方を向き直った。

「えっと……俺もだよ。ずっと、ユウナの事が好きだった。()()()にいた頃から、ずっと」

 そして、勇気を出して気持ちを伝える。
 ユウナは驚いた様に目を少し見開き、俺の方をまじまじと見つめる。その大きな青い瞳に俺が映っていて、ドキドキとしてしまった。
 それから彼女はゆっくりと息を吐くと、その言葉を噛み締めるかの様に顔を綻ばせてこう言うのだった。
 
「……うん、知ってた」
「え⁉」

 予想外の反撃に、更に狼狽してしまった。俺としては誰にも言っていなかった言葉だったのだ。
 俺の反応が面白かったのか、ユウナはくすくす笑っていた。

「だって、一緒に委員会してる時とか、朝会った時とか、嬉しそうだったもん」
「そっか……バレてたか」
「うん。あの日の朝も……挨拶してくれたし」

 彼女はそう言って顔に喜色を浮かべた。
 あの日の朝──それはきっと、()()()()()()に来る前のバスでの一瞬を指しているのだろう。その直後に俺達はこちらに来る事になってしまったのだけれど、それでもその瞬間を思い出して嬉しそうにしてくれると、俺まで嬉しくなってしまう。

「ああ。朝からユウナと会えてラッキーだ、頑張って早起きしてバス一本早いのに乗って良かったって思ってたよ」
「やだ、その為に早起きしたの? えっち」
「何でそうなるんだよ!」

 えっちである事は否定できないが、一緒のバスに乗る為に早起きを頑張ったのにそう言われる事は納得できなかった。
 俺のそんな反応を見てユウナは面白そうに笑っていて、自然と俺も笑みを零していた。
 それから暫く笑い合って、笑いが途絶えた時……彼女は力なく笑って「なんだか、変な感じだね」と呟いた。

「変って?」
「ついさっきまで勇者だ聖女だ魔王だって言ってたのに、あの時みたいに話してる」
「言われてみれば……そうだな」

 俺達は遠くに見える王宮へと視線をやり、小さく息を吐く。
 先程、俺達を召喚した召喚士とそれを命じた国王のもとへ訪れ、魔王討伐の報告と元の世界へ返して欲しいと訴えた。しかし、それは叶わず褒美と栄誉を与えられるに留まり、王宮からとっととほっぽり出されてしまったのである。
 そうして途方に暮れていたところ、ユウナが『結局、帰れなかったね』と言葉を漏らしたのである。
 ただ、ユウナとこんな感じで同級生の様に話したのは、異世界に来てからは初めてだった。
 ここに来てからはずっと、〝勇者〟と〝聖女〟の役割を押し付けられ、ただそれを全うするしかなかった。惚れただの腫れただのといった話ができるほどの余裕など、一切なかったのだ。
 でも、()()()にいた頃は確かこんな感じだった。
 委員会で残った時に教室で二人きりで他愛ない話をする、ときめきと輝きに満ちていた時間。今ではそれもセピア色に色褪せてしまっていて、この世界のどこにもその光景を見つけ出す事はできないけれど、でも確かに俺達の中にあった時間と光景だったのだ。