「え……嘘だろ⁉ だし巻き卵⁉」
俺が吃驚の声を上げると、ユウナは「正解っ」と嬉しそうに微笑んだ。
「と言いつつも、全然上手く巻けなかったから、卵焼きって言っていいのかわからないけどね」
味は一応だし巻き卵だよ、とユウナは付け足した。
玉子焼き機どころか箸さえないので、焼いてみたものの全く上手く巻けず、オムレツみたいな形状になってしまったのだという。
「いや、そうじゃなくてさ、何でこの世界に出汁があるんだよ?」
「作ったの」
「え、作れんの⁉」
「うん」
スーパーで売ってるものしか見た事がなかったから、出汁を作るという発想がなかった。
でも、そうか。もともと手作りできるものだから商品化がなされているのだ。作れるのは当たり前である。料理ができる彼女だからこその発想だろう。
「ここってウェンデルから近いじゃない? だから、海産物も結構入ってくるみたいで……その中に昆布があったの。名前は違ったんだけど、私達の世界で言う昆布と同じものだったよ」
アジトから持ち帰った食糧の中に手つかずだった昆布があったので──あのチンピラどもでは昆布をどう使うのかわからなかったのだろう──ユウナはそこから出汁を取って昆布出汁を作ったのだという。
「みりんもお醤油もないから、だし巻き卵としてはだいぶ薄味になっちゃったんだけどね。一応塩とかで調整して、私達の知ってる味に近付けたんだよ?」
「だし巻き卵か……まさか、また食べれると思わなかったな」
オムレツの様な外観をしている卵焼きを見て、俺はふと高校生の頃にユウナとした会話を思い出した。
卵焼きは甘いのが好きかしょっぱいのが好きか、という話に一度なった事があるのだ。うちの家では卵焼きはだし巻きがノーマルで甘いのは受け付けないと言ったら、ユウナも同じだと言っていた。そんな共通点でも、当時の俺は嬉しく思ったものだった。
──そっか。あの時の会話、覚えてくれてたんだな。
当時も当時で嬉しかったが、今はあの時とは別の嬉しさがあった。自分の好みを覚えておいてくれるというのは嬉しいものである。
「えっと……食べてみてもいい?」
「どうぞ。フォークだけど、そこは我慢してね」
ユウナは小さな絹布で包んだフォークを差し出して、困った様な笑顔を見せた。
卵焼きをフォークで食べるのは確かに日本人的ではないし、変な感じがする。でも、この異世界では箸という文化はないので、我慢する他なかった。
フォークを受け取ると、オムレツ形状の卵焼きを一口サイズに切って、ひと思いに口の中に放り込む。
──あっ……。
口の中に柔らかいとろみのある卵の感触に伝わり、昆布だしの匂いが鼻腔を満たしていく。
確かに、だし巻き卵にしては味が少し薄い。醤油とみりんがないので、白だしを完全に再現できなかったのがその要因だろう。
でも、知っている味だった。これは俺も知っている、しょっぱい味の卵焼き。この世界で、ユウナと俺だけが知っている卵焼きだった。
そのあまりの懐かしさに、目頭が熱くなって視界が歪んだ。頬にひと雫の涙が伝ったのが自分でもわかる程だった。
「えっ⁉ エイジくん、大丈夫? 何か変な味した? おいしくなかった?」
俺が泣いているのに気付いて、ユウナがあたふたと狼狽していた。
この聖女様はどうして感動して泣いているという発想に至らないのだろうか。今までユウナが作ったものを不味いだなんて言った事ないのに。
「バカ、違うよ。あんまりにも懐かしい味だったから、感動しちゃってさ」
涙を拭ってバクバクと残りを食べてみせると、ユウナはほっと安堵の息を吐いた。
だし巻き卵はすぐになくなってしまった。こっちの世界にきてから、これほど食べ物を美味しいと思ったのは初めてかもしれない。だし巻き卵を食べてしまったら、米が恋しくて堪らなくなってしまうではないか。
米、食べたいなぁ。漬物とみそ汁も。きっと、それがあれば大号泣しながら食べるんだろうな。
「だよね。私もさっき味見した時、実はちょっと涙出ちゃった」
どうやらユウナも同じく懐かしさに感動していたらしい。
それならあんなに狼狽しなくていいのに、どうしてそれが他人だとそこまで不安がるのだろうか。相変わらず、自己肯定感が低いというか、自信がないというか。そこがユウナらしくもあるんだけれど。
「私もまさかだし巻き卵に泣かされる日がくるなんて思ってなかったんだけど……でも、これって結構希望が見えてこない?」
「希望? どういう意味で?」
「だって、私達だけが知ってるものをこの世界でも再現できるって事を証明できたでしょ? だし巻き卵だけじゃなくて、味噌が作れたらお味噌汁とか、色んな日本食も作れるし……日本食が再現できるなら、私達の青春も再現できるんじゃないかなって」
ユウナは輝かしい笑顔を向けて、そう言った。
どちらの世界でもやっぱり彼女は聖女様で、その前向きな気持ちや笑顔は多くの人に勇気を与えるのだろう。
でも──
「日本食は再現できるかもしれないけど……青春は、もう無理なんじゃないかな」
俺は彼女の眩しさに耐えられなくて、ついそんな言葉を返していた。
俺が吃驚の声を上げると、ユウナは「正解っ」と嬉しそうに微笑んだ。
「と言いつつも、全然上手く巻けなかったから、卵焼きって言っていいのかわからないけどね」
味は一応だし巻き卵だよ、とユウナは付け足した。
玉子焼き機どころか箸さえないので、焼いてみたものの全く上手く巻けず、オムレツみたいな形状になってしまったのだという。
「いや、そうじゃなくてさ、何でこの世界に出汁があるんだよ?」
「作ったの」
「え、作れんの⁉」
「うん」
スーパーで売ってるものしか見た事がなかったから、出汁を作るという発想がなかった。
でも、そうか。もともと手作りできるものだから商品化がなされているのだ。作れるのは当たり前である。料理ができる彼女だからこその発想だろう。
「ここってウェンデルから近いじゃない? だから、海産物も結構入ってくるみたいで……その中に昆布があったの。名前は違ったんだけど、私達の世界で言う昆布と同じものだったよ」
アジトから持ち帰った食糧の中に手つかずだった昆布があったので──あのチンピラどもでは昆布をどう使うのかわからなかったのだろう──ユウナはそこから出汁を取って昆布出汁を作ったのだという。
「みりんもお醤油もないから、だし巻き卵としてはだいぶ薄味になっちゃったんだけどね。一応塩とかで調整して、私達の知ってる味に近付けたんだよ?」
「だし巻き卵か……まさか、また食べれると思わなかったな」
オムレツの様な外観をしている卵焼きを見て、俺はふと高校生の頃にユウナとした会話を思い出した。
卵焼きは甘いのが好きかしょっぱいのが好きか、という話に一度なった事があるのだ。うちの家では卵焼きはだし巻きがノーマルで甘いのは受け付けないと言ったら、ユウナも同じだと言っていた。そんな共通点でも、当時の俺は嬉しく思ったものだった。
──そっか。あの時の会話、覚えてくれてたんだな。
当時も当時で嬉しかったが、今はあの時とは別の嬉しさがあった。自分の好みを覚えておいてくれるというのは嬉しいものである。
「えっと……食べてみてもいい?」
「どうぞ。フォークだけど、そこは我慢してね」
ユウナは小さな絹布で包んだフォークを差し出して、困った様な笑顔を見せた。
卵焼きをフォークで食べるのは確かに日本人的ではないし、変な感じがする。でも、この異世界では箸という文化はないので、我慢する他なかった。
フォークを受け取ると、オムレツ形状の卵焼きを一口サイズに切って、ひと思いに口の中に放り込む。
──あっ……。
口の中に柔らかいとろみのある卵の感触に伝わり、昆布だしの匂いが鼻腔を満たしていく。
確かに、だし巻き卵にしては味が少し薄い。醤油とみりんがないので、白だしを完全に再現できなかったのがその要因だろう。
でも、知っている味だった。これは俺も知っている、しょっぱい味の卵焼き。この世界で、ユウナと俺だけが知っている卵焼きだった。
そのあまりの懐かしさに、目頭が熱くなって視界が歪んだ。頬にひと雫の涙が伝ったのが自分でもわかる程だった。
「えっ⁉ エイジくん、大丈夫? 何か変な味した? おいしくなかった?」
俺が泣いているのに気付いて、ユウナがあたふたと狼狽していた。
この聖女様はどうして感動して泣いているという発想に至らないのだろうか。今までユウナが作ったものを不味いだなんて言った事ないのに。
「バカ、違うよ。あんまりにも懐かしい味だったから、感動しちゃってさ」
涙を拭ってバクバクと残りを食べてみせると、ユウナはほっと安堵の息を吐いた。
だし巻き卵はすぐになくなってしまった。こっちの世界にきてから、これほど食べ物を美味しいと思ったのは初めてかもしれない。だし巻き卵を食べてしまったら、米が恋しくて堪らなくなってしまうではないか。
米、食べたいなぁ。漬物とみそ汁も。きっと、それがあれば大号泣しながら食べるんだろうな。
「だよね。私もさっき味見した時、実はちょっと涙出ちゃった」
どうやらユウナも同じく懐かしさに感動していたらしい。
それならあんなに狼狽しなくていいのに、どうしてそれが他人だとそこまで不安がるのだろうか。相変わらず、自己肯定感が低いというか、自信がないというか。そこがユウナらしくもあるんだけれど。
「私もまさかだし巻き卵に泣かされる日がくるなんて思ってなかったんだけど……でも、これって結構希望が見えてこない?」
「希望? どういう意味で?」
「だって、私達だけが知ってるものをこの世界でも再現できるって事を証明できたでしょ? だし巻き卵だけじゃなくて、味噌が作れたらお味噌汁とか、色んな日本食も作れるし……日本食が再現できるなら、私達の青春も再現できるんじゃないかなって」
ユウナは輝かしい笑顔を向けて、そう言った。
どちらの世界でもやっぱり彼女は聖女様で、その前向きな気持ちや笑顔は多くの人に勇気を与えるのだろう。
でも──
「日本食は再現できるかもしれないけど……青春は、もう無理なんじゃないかな」
俺は彼女の眩しさに耐えられなくて、ついそんな言葉を返していた。