攫われた娘達を村まで連れて帰ると、自称義勇軍のアジトに残っていた食糧を用いて早速炊き出しを行った。
もちろん、炊き出しの中心はユウナだ。
彼女お手製の料理は、炊き出しと言えどもこの世界の中では圧倒的に美味い部類に入る。大きな鍋で野菜入りスープを作っているだけだから料理とは言えない、とユウナは言っていたが、それでも味付けが俺の知る世界のものなので、親しみが持てるのだ。村の人達にとっても彼女の作る食事は美味いらしく、涙しながら食していた。
先の襲撃で半数近くの命は失われてしまったが、怪我人達はユウナの〈治癒魔法〉で回復し、娘達も無事戻ってきた。また、アジトに食糧が残っていたのも幸いで、上手く分配していけば隣村までの移動も何とかなりそうだ。あとは与えた金を用いて移住先で上手く立ち回れば、当面の問題もクリアできるだろう。
彼らにとっては災難な出来事だったが、村の全滅という最悪の結果だけは回避できたはずだ。
──ま、とりあえずは一件落着かな。
ユウナの周囲ではしゃぐ村人達──彼女を本当の女神の様に崇めている人さえいた──を遠目に、俺は小さく息を吐く。
炊き出し作りはユウナに任せきりで、俺の方は人目を避けて村の隅っこでその光景を眺めているだけだった。気分的にあまり人と話したい気分ではなかったのだ。
できれば、さっさとここを出発したかった。出発したとて、きっとこの鬱々とした気分は晴れないのだろうけども。
先の自称義勇軍との戦いを経て、俺は自分自身の変わり様に絶望していたのだ。
そもそも、あれを戦いと言って良いのかさえわからない。何も事情を知らぬ者がみれば、虐殺とさえ受け取られかねないのではないか。実質やっている者は逃げ惑う賊を殺して回っていただけだ。
この村が受けた様な不幸を新たに生まない為に、仕方のない事だとも思っていた。俺自身ああいった連中が反吐が出るほど大嫌いであるし、胸糞悪くて怒りを覚えたのも事実である。
だが、同時にこうも思ってしまうのだ。
ただの高校生が、安全と平和の為とはいえ、悪漢どもを殺して回るだろうか、と──。
俺のやった事は、明らかに《《あちらの世界》》では異常極まりない事であるし、殺人犯どころかもはや大量虐殺者である。きっとアメリカの特殊部隊だってあそこまではやらない。
でも、俺は──この二年の間で、それが平気でできてしまう人間になってしまったのである。
もちろん、ここは世界観や文化は日本とは全然異なる場所だ。法整備もなされておらず、治安も比べ物にならないくらい悪くて、弱いものが泣きを見る世界。おまけに人間よりも遥かに力を持つ魔物やらもたくさんいる。
そんな世界で二年も暮らしていて、剰え〝勇者〟としての役割なんかを与えられたら、同じ感覚でなどいられるはずがない。
俺は、今日殺してしまった悪漢達の何倍もの数の者達を、この世界で殺してしまっているのだ。そうしないと、生き残れなかったから。そうしないと、大切な人を守れなかったから。そして、そうしないとあの世界へ帰れないと言われていたから。
ただ、もしあの世界に帰れていたとして──俺は、まともに生活できただろうか。それについては、正直懐疑的だった。
例えば過去、戦地に赴き奇跡的に生きて帰ってこれた人達が、戦争前と同じ思考・精神でいられるかというと、きっと無理だろう。俺もそうなってしまっていたのではないか。
魔法や闘気などの特殊な力がなくなれば、元に戻れるのだろうか。それはわからない。
ただ、もしかすると物足りないと感じるのかもしれない。この世界で得た刺激は、あちらの世界にはないものだからだ。
幸い、ユウナはまだ〝殺し〟を経験していないので、戻れるかもしれない。そうさせないよう、止めは俺が刺していたからだ。
だが、俺はどうだろうか。俺の手は極悪な死刑囚よりも既に血生臭い。それなのに、正気を保って当たり前に生活しているのだ。今更あの綺麗な世界に戻って元の生活に戻れる気がしなかった。
ふと、物干し竿に干された俺の服を見上げる。
返り血で染まった服はユウナの魔法によって血の痕を除去されてから手洗いされ、今は物干し竿に吊るされている。綺麗に洗われていて、先程まで血にまみれていた服とは到底思えなかった。だが、例え服から血痕は消えたとて、俺のやった事は決して消えやしない。
「あ、ここにいたんだ」
突として足音が近づいてきたかと思えば、聖女と呼ばれている少女がひょこっと顔を覗かせた。艶やかな黒い髪が、ふわりと目の前で風に流されている。
「こんな隅っこで何してるの?」
ユウナは困った様に笑って、そう訊いてきた。
手を後ろにやって、何かを隠している様だ。何か驚かせようとしているのだろうか。今はあんまりそういう気分じゃないんだけどな。
「見ての通り、何もしてないよ。もう終わったのか?」
「うん。今は皆が食器を洗ってくれてるの」
「そうか」
もう一度炊き出しの方へと視線をやると、今は娘達が大きな炊き出し鍋を洗っている。皆で協力し合っているらしい。微笑ましい事だった。
「隣、座ってもいい?」
「……? ああ、いいけど」
ユウナは俺の返事を聞いてから、隣に腰掛けた。身体の向こう側に背中に隠しているものを置いたので、何を持っていたのかはわからなかった。
今更許可なんて取らなくてもいいと思うのだけれど、何か気を遣わせてしまっているのだろうか。
「あ、これが何か気になってるんでしょ?」
ユウナは悪戯げにこちらを見て、背を向ける様にして身体の向こう側にある何かを隠す仕草をした。
「まあ、ちょっとな」
素直にそう言うと、彼女は満足したのかそれを膝の上に置いた。
薄い何かな様で、上に布を被せてある。お皿か何かだろうか。
「実は、さっき面白いものを見つけてね。ちょっと作らせてもらったの。きっと、エイジくん驚くと思うよ?」
言いながらユウナは、「じゃーん」と被せていた布を取り除いた。
そこにあったのは、小さな木製のお皿。お皿の上には、黄色の柔らかそうな立方体がある。卵料理である事は明らかだ。
「……オムレツ?」
「に、見えちゃうよね。でも、残念。ハズレだよ」
微苦笑を浮かべながら、ユウナは俺に皿ごと手渡した。
皿を受け取って、くんくんと匂いを嗅ぐと……とても懐かしい香りがした。
昆布出汁だ。この世界にないはずの、昆布出汁の香りがする。ここにあるオムレツの形状をした卵料理は──だし巻き卵だったのである。
もちろん、炊き出しの中心はユウナだ。
彼女お手製の料理は、炊き出しと言えどもこの世界の中では圧倒的に美味い部類に入る。大きな鍋で野菜入りスープを作っているだけだから料理とは言えない、とユウナは言っていたが、それでも味付けが俺の知る世界のものなので、親しみが持てるのだ。村の人達にとっても彼女の作る食事は美味いらしく、涙しながら食していた。
先の襲撃で半数近くの命は失われてしまったが、怪我人達はユウナの〈治癒魔法〉で回復し、娘達も無事戻ってきた。また、アジトに食糧が残っていたのも幸いで、上手く分配していけば隣村までの移動も何とかなりそうだ。あとは与えた金を用いて移住先で上手く立ち回れば、当面の問題もクリアできるだろう。
彼らにとっては災難な出来事だったが、村の全滅という最悪の結果だけは回避できたはずだ。
──ま、とりあえずは一件落着かな。
ユウナの周囲ではしゃぐ村人達──彼女を本当の女神の様に崇めている人さえいた──を遠目に、俺は小さく息を吐く。
炊き出し作りはユウナに任せきりで、俺の方は人目を避けて村の隅っこでその光景を眺めているだけだった。気分的にあまり人と話したい気分ではなかったのだ。
できれば、さっさとここを出発したかった。出発したとて、きっとこの鬱々とした気分は晴れないのだろうけども。
先の自称義勇軍との戦いを経て、俺は自分自身の変わり様に絶望していたのだ。
そもそも、あれを戦いと言って良いのかさえわからない。何も事情を知らぬ者がみれば、虐殺とさえ受け取られかねないのではないか。実質やっている者は逃げ惑う賊を殺して回っていただけだ。
この村が受けた様な不幸を新たに生まない為に、仕方のない事だとも思っていた。俺自身ああいった連中が反吐が出るほど大嫌いであるし、胸糞悪くて怒りを覚えたのも事実である。
だが、同時にこうも思ってしまうのだ。
ただの高校生が、安全と平和の為とはいえ、悪漢どもを殺して回るだろうか、と──。
俺のやった事は、明らかに《《あちらの世界》》では異常極まりない事であるし、殺人犯どころかもはや大量虐殺者である。きっとアメリカの特殊部隊だってあそこまではやらない。
でも、俺は──この二年の間で、それが平気でできてしまう人間になってしまったのである。
もちろん、ここは世界観や文化は日本とは全然異なる場所だ。法整備もなされておらず、治安も比べ物にならないくらい悪くて、弱いものが泣きを見る世界。おまけに人間よりも遥かに力を持つ魔物やらもたくさんいる。
そんな世界で二年も暮らしていて、剰え〝勇者〟としての役割なんかを与えられたら、同じ感覚でなどいられるはずがない。
俺は、今日殺してしまった悪漢達の何倍もの数の者達を、この世界で殺してしまっているのだ。そうしないと、生き残れなかったから。そうしないと、大切な人を守れなかったから。そして、そうしないとあの世界へ帰れないと言われていたから。
ただ、もしあの世界に帰れていたとして──俺は、まともに生活できただろうか。それについては、正直懐疑的だった。
例えば過去、戦地に赴き奇跡的に生きて帰ってこれた人達が、戦争前と同じ思考・精神でいられるかというと、きっと無理だろう。俺もそうなってしまっていたのではないか。
魔法や闘気などの特殊な力がなくなれば、元に戻れるのだろうか。それはわからない。
ただ、もしかすると物足りないと感じるのかもしれない。この世界で得た刺激は、あちらの世界にはないものだからだ。
幸い、ユウナはまだ〝殺し〟を経験していないので、戻れるかもしれない。そうさせないよう、止めは俺が刺していたからだ。
だが、俺はどうだろうか。俺の手は極悪な死刑囚よりも既に血生臭い。それなのに、正気を保って当たり前に生活しているのだ。今更あの綺麗な世界に戻って元の生活に戻れる気がしなかった。
ふと、物干し竿に干された俺の服を見上げる。
返り血で染まった服はユウナの魔法によって血の痕を除去されてから手洗いされ、今は物干し竿に吊るされている。綺麗に洗われていて、先程まで血にまみれていた服とは到底思えなかった。だが、例え服から血痕は消えたとて、俺のやった事は決して消えやしない。
「あ、ここにいたんだ」
突として足音が近づいてきたかと思えば、聖女と呼ばれている少女がひょこっと顔を覗かせた。艶やかな黒い髪が、ふわりと目の前で風に流されている。
「こんな隅っこで何してるの?」
ユウナは困った様に笑って、そう訊いてきた。
手を後ろにやって、何かを隠している様だ。何か驚かせようとしているのだろうか。今はあんまりそういう気分じゃないんだけどな。
「見ての通り、何もしてないよ。もう終わったのか?」
「うん。今は皆が食器を洗ってくれてるの」
「そうか」
もう一度炊き出しの方へと視線をやると、今は娘達が大きな炊き出し鍋を洗っている。皆で協力し合っているらしい。微笑ましい事だった。
「隣、座ってもいい?」
「……? ああ、いいけど」
ユウナは俺の返事を聞いてから、隣に腰掛けた。身体の向こう側に背中に隠しているものを置いたので、何を持っていたのかはわからなかった。
今更許可なんて取らなくてもいいと思うのだけれど、何か気を遣わせてしまっているのだろうか。
「あ、これが何か気になってるんでしょ?」
ユウナは悪戯げにこちらを見て、背を向ける様にして身体の向こう側にある何かを隠す仕草をした。
「まあ、ちょっとな」
素直にそう言うと、彼女は満足したのかそれを膝の上に置いた。
薄い何かな様で、上に布を被せてある。お皿か何かだろうか。
「実は、さっき面白いものを見つけてね。ちょっと作らせてもらったの。きっと、エイジくん驚くと思うよ?」
言いながらユウナは、「じゃーん」と被せていた布を取り除いた。
そこにあったのは、小さな木製のお皿。お皿の上には、黄色の柔らかそうな立方体がある。卵料理である事は明らかだ。
「……オムレツ?」
「に、見えちゃうよね。でも、残念。ハズレだよ」
微苦笑を浮かべながら、ユウナは俺に皿ごと手渡した。
皿を受け取って、くんくんと匂いを嗅ぐと……とても懐かしい香りがした。
昆布出汁だ。この世界にないはずの、昆布出汁の香りがする。ここにあるオムレツの形状をした卵料理は──だし巻き卵だったのである。