『……あんまり無理しないでね』
ユウナの言ったこの言葉の意味がいまいちよくわからなかった。
無理なんてしなくても、こんな野盗みたいな連中など簡単に倒せる。むしろ、無理なら既にこの二年間散々してきたつもりだ。
そんな俺に、彼女はどうして今更『無理をするな』などと言ったのだろうか。その理由がいまいちよくわからない。
──まあ、考えてても仕方ないか。
俺は小さく溜め息を吐くと、暫くその場で息を潜めていた。ユウナが広間から離れていくのを待っていたのだ。
この後、この広間は悲惨な状況になる。それを彼女には見せたくなかったし、騒ぎを起こして引き付けている間に娘達を見つけて、外に連れ出して欲しかったというのもある。
ユウナが広間から大分離れたであろう頃合いで、俺は〈透過魔法〉の魔法を解いて、部屋の内側から扉をノックする。
「よお。お楽しみ中のところ、悪いんだけどさ。さっきの村の子達、返してもらうぞ」
そう伝えてから、ぎろっと男達を睨みつけてやる。
「なッ……誰だ⁉ 一体どうやってここまで入りやがったんだ⁉」
「それより、全く気配に気付かなかったぞ! 何者だ⁉」
男達はいきなり部屋の中に現れた俺に対して吃驚しつつも、慌てて剣を抜いていた。
「……こいつでわかってもらえるか?」
俺は腰から聖剣バルムンクを抜き放ち、柄に刻まれた法王韻を見せつける。
それを見た瞬間、男達に更なる動揺が走っていた。どうやら俺が誰かを見分けるくらいの見識はあるらしい。
「なッ……法王韻の剣⁉」
「聖剣の勇者だと⁉ 勇者が何でこんなところにいやがるんだ⁉」
「旅行がてらにふらっと、ってところかな。とりあえず、お前達のやっている事が見過ごせなくてな」
俺は聖剣バルムンクの切っ先を男達に向けると、顎を少し上げて見下す様な視線を向けた。
「ま、待ってくれ勇者の旦那! 旦那は誤解してるぜ。俺達はよ、法王の圧政に耐えられなくて集まってる義勇軍なんだ。剣を向ける方向を間違ってるぜ? それは一般市民を苦しめてる王宮側に向けるべきじゃないか?」
自称義勇軍の代表らしき男が、引き攣った笑みを浮かべて交渉を持ちかけてきた。
というか、これは交渉と言えるのだろうか? 交渉にしては、あまりにも粗末だ。
「圧政に耐えられない義勇軍が、どうして村を襲って略奪をやっている?」
「そ、それは、軍資金が足りなくて仕方なく、だな。でも、これは大義の為で──」
「軍資金が足りないから貴族の館を襲って女を犯すのか。随分と低俗な大義だな」
俺の反論に、男はぐっと言葉を詰まらせた。
先程の会話を聞かれているとは思ってもいなかったのだろう。もう反論を聞いてやる必要もないなと思い、剣を構えた。
「ま、待ってくれぇ勇者の旦那ァ……女が欲しいなら好きなだけ持っていっていいからよ⁉ な、今回ばっかしは見逃してくれ! 勇者は人間の味方だろ? 同じ人間同士、俺達が争う理由なんてないはずだぜ……⁉」
「……なるほど」
人間同士だから争う必要はないときたか。
じゃあ、何でこいつらは村人と争って略奪なんてしてるんだろうな。魔族でも魔王軍でもなく、同じ国の人間同士なのに。
それを考えると、どんどん苛々が募ってくる。
俺は、こんな奴らまで救う為に平和で平凡な生活を捨てさせられたというのだろうか。ユウナとのあったかもしれない、普通の高校生活を、そしてその後の日本人としての当たり前の人生を、どうして捨てなければならなかったのだろうか。この二年間、何故ここまで大変な思いをしなければならなかったのだろうか。何故俺達でなければならなかったのだろうか。
……やってられない。
「確かに、俺は人間の味方としてこの二年間戦ってきたさ。文字通り、死に物狂いでな。でも、それは《《人間の為》》だ。お前らの様な、人間の皮を被った獣の為じゃない……!」
俺は怒りを顕わにすると、剣先を少しだけ回してから男達の中へと飛び込んだ。
怒りのままに聖なる剣を振るっていく。〈加速魔法〉も用いているので、彼らからすれば俺の動きを目で追う事さえもできないだろう。
聖剣バルムンクを一閃するごとに、男達の首や身体の一部が飛んでいった。剣で斬り捨て、火炎魔法で丸焼きにして、闘気剣を用いて真っ二つにしてやった。男達の無残な死体が、瞬く間に積み重なっていく。
一方的な虐殺である。魔王を倒す為の聖剣がこんな下賤な者達を斬る事に使われていると思うと失笑ものだが、今はそんな事も気にはならなかった。
一応は魔王もしっかりと斬って役目を果たしているし、どのみち俺にしか使えない聖剣なのだから、役目を果たした後の使い方も俺が決めて問題ないだろう。
男達の悲鳴を聞きつけて他の賊も広間に駆け込んできたが、問答無用で斬り捨てた。
俺のところへ人が集まれば集まる程ユウナは囚われた女達を探しやすくなるし、上手い事外へ連れて出ていってくれる。俺は暴れ回って、ただただ陽動に徹すれば問いだけだ。
ただ、それは八つ当たりに近い陽動なのかもしれないけれど……。
それから俺は、廃城に降り立った悪鬼の如く悪漢達を斬っていった。広間に来る敵がいなくなれば、部屋をひとつひとつ回って、生き残りがいないかを確かめ、見つけては命を奪っていく。
これが〝勇者〟として正しい姿なのだろうかと一瞬考えてから、一笑する。
そもそも俺は望んで〝勇者〟となったわけではない。勝手にその役目を押し付けられた、一介の高校生に過ぎないのだ。
そんな一介の高校生が世界の命運を背負って人生を投げ打って戦い、その使命を果たしたというのに、俺達の前に待っていたのが人間同士の略奪である。
──やってられない。やってられない。やってられない……!
俺はそんな苛立ちをぶつけるかの如く、悪漢達を斬り捨てていった。この感覚は、魔王軍と戦っている時の感覚に近かった。
あの頃は、無我夢中で心のどこかにある理不尽さへの怒りを敵にぶつける様にして戦っていた様に思う。当時はただ必死で気付いていなかったが、俺はこんな風にして魔王軍と戦っていたのだ。
──なるほど、ユウナが心配するわけだ。
戦いながら、聖都でのユウナとの会話を思い出す。
俺が変わったのではないかと不安になった、と彼女は言っていた。あの時は自分に対する気持ち、というような意味合いで言っていたが、きっと本心ではそれだけではなかったはずだ。
悪鬼の如く敵を屠る俺を見て、人が変わってしまったのではないか、と不安に思っていたのではないだろうか。
──変わるに……決まってんだろ。こんな世界にずっと居たら。
返り血を浴びた自らの服を見て失笑する。
青春を取り戻す──そんな風に息巻いて王都を出たのに、数日後にこれである。
こんな血生臭い青春があるだろうか? いや、こんな血生臭い奴が甘酸っぱい青春なんて得られるだろうか?
そんなわけがない、と思ってしまう。
「隙ありぃ! くたばりやがれ、糞勇者ァッ!」
物陰に隠れていた悪漢の下っ端が、剣を真っすぐこちらに構えたまま突進してきた。
俺は男の方を見ないまま剣を振り上げる。その直後に頬に血が飛び、男の腕が二本宙を舞っていた。
聞くに堪えない男の絶叫が聞こえてきたが、そのまま剣を横に振るうと、その絶叫もすぐに止んでいた。
「うるせえよ、バカ野郎……」
誰に言ったかもわからない言葉。それはきっと、変わってしまった自分に言いたかった言葉なのだろう。
自身への非難の呟きは、廃城の空気に飲み込まれてすぐに消え去っていた。
*
一通り敵を倒し尽くしてから城の外へ出ると、ユウナが待ってくれていた。
彼女の後ろには、囚われていたであろう女達が身を寄せ合っている。どうやら全員無事だったようで、ほっと安堵の息を吐いた。
返り血で服を真っ赤に染めた俺を見て、ユウナは一瞬きゅっと辛そうに眉を寄せたものの、すぐにいつも通りの優しい微笑みを浮かべた。
「……気は済んだ?」
彼女は笑みを浮かべたまま、そう訊いてくる。
その笑顔を見ていると、先程まで荒れ狂っていた気性が凪の如く静まり返っていくから不思議だった。
「まあ、少しは」
不貞腐れた様子でそう返す。なんだか、諫められた気分になったのだ。
すると、そんな俺が可笑しかったのか、「そっか」とユウナは首を少し傾けてくすっと笑った。
「さ、戻ろっか。女の子達も無事だったし、食材も余ってたから、持って帰って今日は皆で何か美味しいものでも食べよ?」
彼女は優しく俺にそう言って、それから囚われていた女の子達にも「ね?」と笑顔を向けた。女の子達もユウナの笑顔に安心させられたのか、柔和な微笑みを返していた。
意外にも、ユウナは俺に対して『やり過ぎだ』だとか『勇者としてどうなのか』だとかの叱責はしてこなかった。
彼女も彼らに対して怒りを抱いていたのか、それとも何か別の考えがあったのだろうか。
それはわからないが、とりあえずのところ、俺達の自称義勇軍及び囚われた村人達の救出は無事(?)終わったのだった。
ユウナの言ったこの言葉の意味がいまいちよくわからなかった。
無理なんてしなくても、こんな野盗みたいな連中など簡単に倒せる。むしろ、無理なら既にこの二年間散々してきたつもりだ。
そんな俺に、彼女はどうして今更『無理をするな』などと言ったのだろうか。その理由がいまいちよくわからない。
──まあ、考えてても仕方ないか。
俺は小さく溜め息を吐くと、暫くその場で息を潜めていた。ユウナが広間から離れていくのを待っていたのだ。
この後、この広間は悲惨な状況になる。それを彼女には見せたくなかったし、騒ぎを起こして引き付けている間に娘達を見つけて、外に連れ出して欲しかったというのもある。
ユウナが広間から大分離れたであろう頃合いで、俺は〈透過魔法〉の魔法を解いて、部屋の内側から扉をノックする。
「よお。お楽しみ中のところ、悪いんだけどさ。さっきの村の子達、返してもらうぞ」
そう伝えてから、ぎろっと男達を睨みつけてやる。
「なッ……誰だ⁉ 一体どうやってここまで入りやがったんだ⁉」
「それより、全く気配に気付かなかったぞ! 何者だ⁉」
男達はいきなり部屋の中に現れた俺に対して吃驚しつつも、慌てて剣を抜いていた。
「……こいつでわかってもらえるか?」
俺は腰から聖剣バルムンクを抜き放ち、柄に刻まれた法王韻を見せつける。
それを見た瞬間、男達に更なる動揺が走っていた。どうやら俺が誰かを見分けるくらいの見識はあるらしい。
「なッ……法王韻の剣⁉」
「聖剣の勇者だと⁉ 勇者が何でこんなところにいやがるんだ⁉」
「旅行がてらにふらっと、ってところかな。とりあえず、お前達のやっている事が見過ごせなくてな」
俺は聖剣バルムンクの切っ先を男達に向けると、顎を少し上げて見下す様な視線を向けた。
「ま、待ってくれ勇者の旦那! 旦那は誤解してるぜ。俺達はよ、法王の圧政に耐えられなくて集まってる義勇軍なんだ。剣を向ける方向を間違ってるぜ? それは一般市民を苦しめてる王宮側に向けるべきじゃないか?」
自称義勇軍の代表らしき男が、引き攣った笑みを浮かべて交渉を持ちかけてきた。
というか、これは交渉と言えるのだろうか? 交渉にしては、あまりにも粗末だ。
「圧政に耐えられない義勇軍が、どうして村を襲って略奪をやっている?」
「そ、それは、軍資金が足りなくて仕方なく、だな。でも、これは大義の為で──」
「軍資金が足りないから貴族の館を襲って女を犯すのか。随分と低俗な大義だな」
俺の反論に、男はぐっと言葉を詰まらせた。
先程の会話を聞かれているとは思ってもいなかったのだろう。もう反論を聞いてやる必要もないなと思い、剣を構えた。
「ま、待ってくれぇ勇者の旦那ァ……女が欲しいなら好きなだけ持っていっていいからよ⁉ な、今回ばっかしは見逃してくれ! 勇者は人間の味方だろ? 同じ人間同士、俺達が争う理由なんてないはずだぜ……⁉」
「……なるほど」
人間同士だから争う必要はないときたか。
じゃあ、何でこいつらは村人と争って略奪なんてしてるんだろうな。魔族でも魔王軍でもなく、同じ国の人間同士なのに。
それを考えると、どんどん苛々が募ってくる。
俺は、こんな奴らまで救う為に平和で平凡な生活を捨てさせられたというのだろうか。ユウナとのあったかもしれない、普通の高校生活を、そしてその後の日本人としての当たり前の人生を、どうして捨てなければならなかったのだろうか。この二年間、何故ここまで大変な思いをしなければならなかったのだろうか。何故俺達でなければならなかったのだろうか。
……やってられない。
「確かに、俺は人間の味方としてこの二年間戦ってきたさ。文字通り、死に物狂いでな。でも、それは《《人間の為》》だ。お前らの様な、人間の皮を被った獣の為じゃない……!」
俺は怒りを顕わにすると、剣先を少しだけ回してから男達の中へと飛び込んだ。
怒りのままに聖なる剣を振るっていく。〈加速魔法〉も用いているので、彼らからすれば俺の動きを目で追う事さえもできないだろう。
聖剣バルムンクを一閃するごとに、男達の首や身体の一部が飛んでいった。剣で斬り捨て、火炎魔法で丸焼きにして、闘気剣を用いて真っ二つにしてやった。男達の無残な死体が、瞬く間に積み重なっていく。
一方的な虐殺である。魔王を倒す為の聖剣がこんな下賤な者達を斬る事に使われていると思うと失笑ものだが、今はそんな事も気にはならなかった。
一応は魔王もしっかりと斬って役目を果たしているし、どのみち俺にしか使えない聖剣なのだから、役目を果たした後の使い方も俺が決めて問題ないだろう。
男達の悲鳴を聞きつけて他の賊も広間に駆け込んできたが、問答無用で斬り捨てた。
俺のところへ人が集まれば集まる程ユウナは囚われた女達を探しやすくなるし、上手い事外へ連れて出ていってくれる。俺は暴れ回って、ただただ陽動に徹すれば問いだけだ。
ただ、それは八つ当たりに近い陽動なのかもしれないけれど……。
それから俺は、廃城に降り立った悪鬼の如く悪漢達を斬っていった。広間に来る敵がいなくなれば、部屋をひとつひとつ回って、生き残りがいないかを確かめ、見つけては命を奪っていく。
これが〝勇者〟として正しい姿なのだろうかと一瞬考えてから、一笑する。
そもそも俺は望んで〝勇者〟となったわけではない。勝手にその役目を押し付けられた、一介の高校生に過ぎないのだ。
そんな一介の高校生が世界の命運を背負って人生を投げ打って戦い、その使命を果たしたというのに、俺達の前に待っていたのが人間同士の略奪である。
──やってられない。やってられない。やってられない……!
俺はそんな苛立ちをぶつけるかの如く、悪漢達を斬り捨てていった。この感覚は、魔王軍と戦っている時の感覚に近かった。
あの頃は、無我夢中で心のどこかにある理不尽さへの怒りを敵にぶつける様にして戦っていた様に思う。当時はただ必死で気付いていなかったが、俺はこんな風にして魔王軍と戦っていたのだ。
──なるほど、ユウナが心配するわけだ。
戦いながら、聖都でのユウナとの会話を思い出す。
俺が変わったのではないかと不安になった、と彼女は言っていた。あの時は自分に対する気持ち、というような意味合いで言っていたが、きっと本心ではそれだけではなかったはずだ。
悪鬼の如く敵を屠る俺を見て、人が変わってしまったのではないか、と不安に思っていたのではないだろうか。
──変わるに……決まってんだろ。こんな世界にずっと居たら。
返り血を浴びた自らの服を見て失笑する。
青春を取り戻す──そんな風に息巻いて王都を出たのに、数日後にこれである。
こんな血生臭い青春があるだろうか? いや、こんな血生臭い奴が甘酸っぱい青春なんて得られるだろうか?
そんなわけがない、と思ってしまう。
「隙ありぃ! くたばりやがれ、糞勇者ァッ!」
物陰に隠れていた悪漢の下っ端が、剣を真っすぐこちらに構えたまま突進してきた。
俺は男の方を見ないまま剣を振り上げる。その直後に頬に血が飛び、男の腕が二本宙を舞っていた。
聞くに堪えない男の絶叫が聞こえてきたが、そのまま剣を横に振るうと、その絶叫もすぐに止んでいた。
「うるせえよ、バカ野郎……」
誰に言ったかもわからない言葉。それはきっと、変わってしまった自分に言いたかった言葉なのだろう。
自身への非難の呟きは、廃城の空気に飲み込まれてすぐに消え去っていた。
*
一通り敵を倒し尽くしてから城の外へ出ると、ユウナが待ってくれていた。
彼女の後ろには、囚われていたであろう女達が身を寄せ合っている。どうやら全員無事だったようで、ほっと安堵の息を吐いた。
返り血で服を真っ赤に染めた俺を見て、ユウナは一瞬きゅっと辛そうに眉を寄せたものの、すぐにいつも通りの優しい微笑みを浮かべた。
「……気は済んだ?」
彼女は笑みを浮かべたまま、そう訊いてくる。
その笑顔を見ていると、先程まで荒れ狂っていた気性が凪の如く静まり返っていくから不思議だった。
「まあ、少しは」
不貞腐れた様子でそう返す。なんだか、諫められた気分になったのだ。
すると、そんな俺が可笑しかったのか、「そっか」とユウナは首を少し傾けてくすっと笑った。
「さ、戻ろっか。女の子達も無事だったし、食材も余ってたから、持って帰って今日は皆で何か美味しいものでも食べよ?」
彼女は優しく俺にそう言って、それから囚われていた女の子達にも「ね?」と笑顔を向けた。女の子達もユウナの笑顔に安心させられたのか、柔和な微笑みを返していた。
意外にも、ユウナは俺に対して『やり過ぎだ』だとか『勇者としてどうなのか』だとかの叱責はしてこなかった。
彼女も彼らに対して怒りを抱いていたのか、それとも何か別の考えがあったのだろうか。
それはわからないが、とりあえずのところ、俺達の自称義勇軍及び囚われた村人達の救出は無事(?)終わったのだった。