村を襲撃した連中は義勇軍を名乗って村々に力を貸すように呼び掛けているそうだが、実際やっている事はただの略奪行為であるそうだ。大義もなく盗みと殺しと強姦のみを行っている連中に、遠慮などいらない。新たな被害者を産まない為にも、ここで消しておくのが良いだろう。
──消しておくのが良い、か……。
ふと自分の中で至った思考に、少しの引っ掛かりを覚えた。
俺はいつからこんな風に物事を考える様になったのだろうか。少なくとも、《《あちら》》にいた頃では考えた事もないはずだ。
──って、いかんいかん。今はそれどころじゃない。
俺は頭を振って、思考を元に戻す。
その自称義勇軍のアジトは、持ち主のいなくなった廃墟の城で、城壁もあってなかなかに攻めにくい場所にあった。
俺とユウナは遠目で敵城を見てから、ちらりと目を合わせて同時に小さく息を吐く。
城自体は小さな砦程度で、村の人から聞いたところ敵の数は百程度。彼らを倒すだけならここから魔法をぶっ放して城ごと吹っ飛ばしてしまうのが一番手っ取り早いのだが、攫われた村の娘達もあの中にいる事を鑑みれば、それもできない。
「どうする? 正面から突っ込んでみるか」
冗談で言ってみると、ユウナが『こいつは何を言ってるんだ』とでも言いたげな呆れた表情を見せた。
あ、だめだ。これ本気で呆れられてる。呆れた顔も可愛いのだけれど、これはまずい。
「いや、冗談だから、冗談。頼むからそんな顔しないでくれ。普通に凹む」
「囚われてる人がいるのに、変な事言わないでよ……」
その通り。ちょっとおふざけが過ぎたらしい。正面突破なんてしようものなら娘達が人質に取られて余計面倒な事になりかねない。
ユウナがどんな反応をするのか試してみただけなのだが、思った以上に呆れられてしまったので、慌てて考えていた案を出す。
「〈透過魔法〉なんてどうだ? とりあえず女の子達の場所とか、城内の状況を知りたい」
「うん、そうだね。それが良いと思う」
ユウナは頷いて、早速俺と自身に〈透過魔法〉を掛けた。
これはいわば、透明化の呪文だ。これで俺達だけ互いにその姿を認識できるようになっていて、他の者からみれば無色透明となって姿が見えなくなる。
無論、ただ透明になるだけなので、物音や匂いまでは誤魔化せない。鼻や耳が良い魔物相手だと普通に気付かれてしまうので、最低限の注意は必要だ。
また、〈透過魔法〉を用いている間はユウナが魔力を消費し続ける事になるので、あまり長時間この状態でいるのも好ましくはない。とっとと人質を安全なところまで連れて、城ごと吹っ飛ばしてしまおう。
俺達は透過した状態でアジトまで近付いていくと、そのまま真正面から入っていく。もちろん見張りはいたけれど、彼らが俺達に気付く事はなかった。
そのまま城内をうろついて、構図を確認していった。すれ違った時に気付かれないかヒヤヒヤするが、彼らには俺達が見えていないので、そのまま素通りだ。なんだかスニーキングミッションみたいでちょっとドキドキする。
以前魔王の手下の砦にもこうして侵入して秘宝を盗み出した事があるのだが、あの時はドキドキどころか緊張でバクバクだったので──当時の力量では見つかれば殺される事が確定していたからだ──楽しむ余裕すらなかった。スニーキングのドキドキを味わうなら、野盗のアジトくらいがちょうど良いのかもしれない。
そんな丁度良い緊張感を楽しみながらも、敵の確認をしっかりと行っていく。
武器は刃毀れしているものが多く、精度は悪い。防具も革製の鎧程度で、如何にも山賊といった風貌だ。
すると、奥に如何にも偉い人がいそうな大きな扉が見えてきた。どうやら広間らしく、中から話し合う声が聞こえてくる。
俺とユウナは顔を見合わせ、音がしないようにそっと扉を開けると、広間の中へ入った。
広間では、二〇人程の男達が食事をしながら会話をしていた。
他の連中より装備が良いところを見ると、こいつらがこの集団のボスみたいだ。ちょうど囚われた娘達について話しているところだった。
「なあ、大将。あの女達、ヤッちまっちゃダメっすか?」
「おい、あいつらは売り飛ばす為の商品だって言っただろ。あの村、ほとんど金目のものがなかったから女くらいしか金になるものがねえんだよ。ほんと、襲い損だったぜ」
「じゃあ、次は貴族の館でも襲いましょうや。こんだけ人数いれば、小さな屋敷程度なら堕とせるでしょう。金目のもんはそこで手に入れられる」
「そいつぁいい。金目のもんかっぱらって、ついでに育ちの良い貴族の女共をとことん犯しまくるか! 奴隷として売るなら貴族の女も農村の女も差はねえからな!」
下卑た声と品のない笑い声が響き渡る。
何とも胸糞悪い会話だった。この異世界に来てから、こういった会話は何度も聞いてきたし、そういった状況も目にした事がある。俺達の住んでいた世界が如何に平和だったかを改めて思い知らされる瞬間だ。
ただ、胸糞悪い気分にはさせられたものの、良い情報もある。今の会話から鑑みるに、先程の村で攫った娘達は売るつもりらしく、まだ慰みものにはなっていないらしい。
だが、見るからに頭の悪そうな野盗どもである。末端まで統制が取れているはずがなく、囚われている娘達が今後も無事である保証などなかった。
──あー、ダメだ。苛々してきた。
彼らの下賤な会話を聞いているうちに、どんどん苛々が募っていく。
そこにはきっと、俺達が身体を張って魔王を倒したのに、どうしてこんな世界がまだ続いているんだという苛立ちもあるのだろう。勇者やら聖女を召喚して魔王を倒させる前に、まずは人間社会を整えるべきではないのか。それさえなければ、俺達は今も変わらず高校生活を送れていたのではないか──そんな不満がふつふつと湧き上がってきたのだ。
ぐっと拳を握り込むと、手のひらに爪が食い込んで血が滲んだ。
「なあ、ユウナ。女の子達の捜索は任せていいか?」
ユウナの耳元で、彼女だけが聞こえる程度の小声で話し掛けた。
「いいけど……エイジくんは?」
俺は敢えて答えなかった。
言わなくても、この会話を聞いていれば俺のやりそうな事くらいユウナならばわかっていると思ったからだ。
彼女は俺の横顔を見るや否や呆れた様に微苦笑を浮かべると、こう言ったのだった。
「……あんまり無理しないでね」
──消しておくのが良い、か……。
ふと自分の中で至った思考に、少しの引っ掛かりを覚えた。
俺はいつからこんな風に物事を考える様になったのだろうか。少なくとも、《《あちら》》にいた頃では考えた事もないはずだ。
──って、いかんいかん。今はそれどころじゃない。
俺は頭を振って、思考を元に戻す。
その自称義勇軍のアジトは、持ち主のいなくなった廃墟の城で、城壁もあってなかなかに攻めにくい場所にあった。
俺とユウナは遠目で敵城を見てから、ちらりと目を合わせて同時に小さく息を吐く。
城自体は小さな砦程度で、村の人から聞いたところ敵の数は百程度。彼らを倒すだけならここから魔法をぶっ放して城ごと吹っ飛ばしてしまうのが一番手っ取り早いのだが、攫われた村の娘達もあの中にいる事を鑑みれば、それもできない。
「どうする? 正面から突っ込んでみるか」
冗談で言ってみると、ユウナが『こいつは何を言ってるんだ』とでも言いたげな呆れた表情を見せた。
あ、だめだ。これ本気で呆れられてる。呆れた顔も可愛いのだけれど、これはまずい。
「いや、冗談だから、冗談。頼むからそんな顔しないでくれ。普通に凹む」
「囚われてる人がいるのに、変な事言わないでよ……」
その通り。ちょっとおふざけが過ぎたらしい。正面突破なんてしようものなら娘達が人質に取られて余計面倒な事になりかねない。
ユウナがどんな反応をするのか試してみただけなのだが、思った以上に呆れられてしまったので、慌てて考えていた案を出す。
「〈透過魔法〉なんてどうだ? とりあえず女の子達の場所とか、城内の状況を知りたい」
「うん、そうだね。それが良いと思う」
ユウナは頷いて、早速俺と自身に〈透過魔法〉を掛けた。
これはいわば、透明化の呪文だ。これで俺達だけ互いにその姿を認識できるようになっていて、他の者からみれば無色透明となって姿が見えなくなる。
無論、ただ透明になるだけなので、物音や匂いまでは誤魔化せない。鼻や耳が良い魔物相手だと普通に気付かれてしまうので、最低限の注意は必要だ。
また、〈透過魔法〉を用いている間はユウナが魔力を消費し続ける事になるので、あまり長時間この状態でいるのも好ましくはない。とっとと人質を安全なところまで連れて、城ごと吹っ飛ばしてしまおう。
俺達は透過した状態でアジトまで近付いていくと、そのまま真正面から入っていく。もちろん見張りはいたけれど、彼らが俺達に気付く事はなかった。
そのまま城内をうろついて、構図を確認していった。すれ違った時に気付かれないかヒヤヒヤするが、彼らには俺達が見えていないので、そのまま素通りだ。なんだかスニーキングミッションみたいでちょっとドキドキする。
以前魔王の手下の砦にもこうして侵入して秘宝を盗み出した事があるのだが、あの時はドキドキどころか緊張でバクバクだったので──当時の力量では見つかれば殺される事が確定していたからだ──楽しむ余裕すらなかった。スニーキングのドキドキを味わうなら、野盗のアジトくらいがちょうど良いのかもしれない。
そんな丁度良い緊張感を楽しみながらも、敵の確認をしっかりと行っていく。
武器は刃毀れしているものが多く、精度は悪い。防具も革製の鎧程度で、如何にも山賊といった風貌だ。
すると、奥に如何にも偉い人がいそうな大きな扉が見えてきた。どうやら広間らしく、中から話し合う声が聞こえてくる。
俺とユウナは顔を見合わせ、音がしないようにそっと扉を開けると、広間の中へ入った。
広間では、二〇人程の男達が食事をしながら会話をしていた。
他の連中より装備が良いところを見ると、こいつらがこの集団のボスみたいだ。ちょうど囚われた娘達について話しているところだった。
「なあ、大将。あの女達、ヤッちまっちゃダメっすか?」
「おい、あいつらは売り飛ばす為の商品だって言っただろ。あの村、ほとんど金目のものがなかったから女くらいしか金になるものがねえんだよ。ほんと、襲い損だったぜ」
「じゃあ、次は貴族の館でも襲いましょうや。こんだけ人数いれば、小さな屋敷程度なら堕とせるでしょう。金目のもんはそこで手に入れられる」
「そいつぁいい。金目のもんかっぱらって、ついでに育ちの良い貴族の女共をとことん犯しまくるか! 奴隷として売るなら貴族の女も農村の女も差はねえからな!」
下卑た声と品のない笑い声が響き渡る。
何とも胸糞悪い会話だった。この異世界に来てから、こういった会話は何度も聞いてきたし、そういった状況も目にした事がある。俺達の住んでいた世界が如何に平和だったかを改めて思い知らされる瞬間だ。
ただ、胸糞悪い気分にはさせられたものの、良い情報もある。今の会話から鑑みるに、先程の村で攫った娘達は売るつもりらしく、まだ慰みものにはなっていないらしい。
だが、見るからに頭の悪そうな野盗どもである。末端まで統制が取れているはずがなく、囚われている娘達が今後も無事である保証などなかった。
──あー、ダメだ。苛々してきた。
彼らの下賤な会話を聞いているうちに、どんどん苛々が募っていく。
そこにはきっと、俺達が身体を張って魔王を倒したのに、どうしてこんな世界がまだ続いているんだという苛立ちもあるのだろう。勇者やら聖女を召喚して魔王を倒させる前に、まずは人間社会を整えるべきではないのか。それさえなければ、俺達は今も変わらず高校生活を送れていたのではないか──そんな不満がふつふつと湧き上がってきたのだ。
ぐっと拳を握り込むと、手のひらに爪が食い込んで血が滲んだ。
「なあ、ユウナ。女の子達の捜索は任せていいか?」
ユウナの耳元で、彼女だけが聞こえる程度の小声で話し掛けた。
「いいけど……エイジくんは?」
俺は敢えて答えなかった。
言わなくても、この会話を聞いていれば俺のやりそうな事くらいユウナならばわかっていると思ったからだ。
彼女は俺の横顔を見るや否や呆れた様に微苦笑を浮かべると、こう言ったのだった。
「……あんまり無理しないでね」