「まあ、二年も名前で呼び合ってればな」
「二年かぁ……こっちに来てから、もうそんなに経っちゃったんだね」
「長かったのか、早かったのかもわからないけどな」

 ふと、その言葉で二年前の、()()()での最後の記憶が蘇ってくる。
 バスの窓際の席に座っている制服姿のユウナ……いや、真城さんが俺に気付いて挨拶をしてくれて、それだけで俺の気持ちは青天井だった。世界で一番ツイていると思った程舞い上がっていたのを今でも覚えている。
 尤も、とても〝ツイていない〟事がその直後に起こって俺とユウナは()()()の世界に飛ばされてしまったのだが、それはまた後々説明するとして。兎角、聖衣を纏った〝聖女〟ユウナよりも、高校生の制服を着ていた真城結菜の方が、俺の中では未だしっくりきていたのだった。

「ほんとだったら、私達って今頃高校三年生なんだよね」
「そうだなぁ……まあ、一年の一学期途中からガッコー行ってないんじゃ、進級もできてないんだろうけどさ」

 俺達が()()()側に来たのは、高校一年の六月末頃。もうすぐ期末試験で、それが終われば高校生に入ってから初めての夏休みを迎える予定だった。
 夏休みは真城さんとどうやって会おうか、お祭りや花火といった夏休みイベントに彼女を誘えないだろうか、とかそんな事ばかり考えていた様に思う。
 だが、俺達には誘ったり誘われたりする夏休みは愚か、七月さえも来なかった。厳密にいうと誘ったり誘われたりしなくても一緒にいれるようにはなったのだが、それは俺が考えていたものとは大きく異なっていた。
 誰がこんなファンタジー異世界で好きな女の子と過ごす事になるだなんて想像できるだろうか。それも命懸けで。さすがにそれは夢だとか妄想だとかラノベだとかの範疇だけであってほしかった。
 だが、この夢は醒める事はなかったし、実際に傷を負えば痛いし血も出るし下手をしたら死ぬ事も有り得る。夢でない事は明らかだった。

「少し歩こっか」

 ずっと城門の前で立ち止まっているのも変に感じたのか、ユウナがそう言って歩き出した。俺も彼女の横を並んで、二人して聖都プラルメスを歩いていく。
 この町も今では見慣れたものだが、最初の頃は如何にもな異世界といった雰囲気に目移りしてしまったものだ。
 町中には俺と同じ様に帯剣している人やマント、鎧を纏っている人達が何人もいるし、町民達の服装も俺が知っていたものとは異なっていて、中世ヨーロッパ風の住人と近い格好をしている。制服よりも勇者コスプレや聖女コスプレの方がこの町では、いや、この世界では馴染んでいるのは明らかだった。
 町の人達は俺達を見掛けると『勇者様』『聖女様』と声を掛けてきて、魔王討伐の賛辞を贈ってくれたり、有り難そうに手を合わせられたり、握手を求められたりした。今ではこれにも慣れてしまったが、最初は芸能人だか新興宗教の教祖様だかになった気分で落ち着かないにも程があったのだ。

「……やっと解放されたな」
「いつまで経っても慣れないね、こういうの」

 広場に入って人混みから解放されると、ユウナが微苦笑を浮かべて肩を竦めた。
 広場の人気がないところへ向かい、隅っこにあったベンチに腰掛けて同時に大きく息を吐く。
 勇者と聖女が人から讃えられるのが嫌で逃げているなど、笑い種である。だが、慣れているといっても、芸能人みたく揉みくちゃにされて疲れないわけがない。
 加えて、ユウナは未だに聖女様だと崇め奉られる事に慣れていない上に、大衆達の〝聖女〟のイメージを損なわない様に振舞わなければいけないので、俺よりも気苦労が多いらしい。まだ〝勇者〟の方がマシだな、と思った次第である。
 とりあえずその気苦労から解放されたユウナは、広場の噴水付近で遊ぶ子供達をぼんやりと眺めていた。その口元にはうっすらと柔らかい笑みを浮かべていて、そんな彼女の横顔を見ているだけで俺の心も癒されていった。
 ユウナは子供が好きだそうで、冒険の最中でも暇があれば町や村の子供達と遊んでいた。子供達と遊ぶ事で自分の立場や現状を忘れたかったのかもしれない。
 だが、そうした彼女の行いは更に自らを〝聖女〟たらしめるものとしていて、余計に自身を息苦しくするものとなっていた。無論、本人にしてみれば完全に無自覚だったのだろうけども、彼女の性格と〝聖女〟という役割は相性が良すぎたのだ。

「私達ってさ、どんな高校生活送ってたんだろうね?」

 ユウナは相変わらず優しい笑みを浮かべて子供達を遠目で見守りながら訊いてきた。

「さあ? でも、ユウナはきっと、()()()()()()でもこうして皆から愛される人生を送ってたんじゃないかな」
「どうしてそう思うの?」
「だって、めちゃくちゃモテてただろ。その中できっと、サッカー部だか野球部だかのキャプテンみたいな人と付き合ってさ……なんか、良い感じの高校生活送ってたんじゃないかなって思うよ」

 俺は少し不貞腐れた様にして答えた。ユウナ……いや、真城結菜が数々の男子学生達に呼び出され、告白されていたのをふと思い出してしまったのだ。
 彼女はその美しい容姿から〝四宮高校の聖女様〟だとかなんだと入学早々騒がれていて──まさか異世界で本当に〝聖女〟になるとは彼女も思ってもいなかっただろうが──同級生だけでなく先輩からも告白されていた程の人気者だった。ただ容姿が良いだけではなくて、気が利いて思い遣りもある優しい性格の持ち主であった事も彼女の人気に拍車を掛けた。
 そんな〝四宮高校の聖女様〟こと真城結菜と俺は偶然同じクラスで偶然同じ図書委員になって話せるようになっていたが、本来では話す事すらままならない様な高嶺の花だった。
 そして俺は……そんな彼女に、ただ密かに想いを抱く男の一人でしかなかった。自分よりもハイスペックな男子達が振られている様を見て──或いは噂を聞いて──到底自分なんかが手の届く人ではないと端から諦めていたのだ。
 いや、諦めているくせに彼女に近付きたいと願い、諦めきれていなかった情けない男の一人だったのかもしれない。兎角、挨拶や会話ができる程度で舞い上がってしまうくらいの存在だったのだ。

「それはないよ」

 しかし、ユウナは俺の言葉をはっきりと否定した。
 少しむすっとした表情をしているところから鑑みるに、俺の回答が気に入らなかったのかもしれない。彼女がここまで物事を否定するのは珍しい事だった。

「何でだよ?」

 話の流れから、こう訊き返すのは普通だったと思う。だが、ユウナは息を詰まらせたかと思うと、顔を急に赤らめて俯いてしまった。

「だって……」
「ん? 何だって?」

 あまりにか細い声だったのでよく聞こえず、心配になって顔を覗き込むと、ユウナは視線を逸らして責める様にこちらをじぃっと上目で見上げた。
 もしかして何か怒らせてしまったのかと思い、どう取り繕うかと考えていると──彼女はこう続けたのだった。

「だって……私が好きだったのは、エイジくんだから」