「ねえ……これから私達、どこいこっか?」
御者席の横に腰掛けて、正面の街道をぼんやりと眺めていたユウナが何となしに訊いてきた。
彼女がそう疑問に思うのも無理はない。必要な荷物だけ引き出し、そのまま逃げる様にして聖都を出てきたのだ。魔王討伐の使命を果たした〝勇者〟と〝聖女〟に役割などなく、目的地などあるはずがない。
「在りし日の青春を探しに、だろ?」
敢えて抽象的な言い回しで応えてやる。
実際に今の俺達にはそれ以上の目標がなかった。在りし日という表現が正しいのかはわからないけれども、二年前までに当たり前にあった青春を求めるなら、〝在りし日〟でも間違いないはずだ。
ユウナは俺の言い回しに「なあに、それ」とくすくす笑っていた。
「そうじゃなくて、具体的な場所だよ」
「それなんだけど……ウェンデルなんてどうだ?」
先程からぼんやりと思い浮かべていた地名を挙げてみた。
実際に今歩いている街道も、ウェンデルへと続いている。このまま真っすぐこの街道を進んで行けば、自ずとその場所には辿り着く。
ユウナは俺の挙げた地名を聞いて、少し目を見開いたかと思えば、にっこりと嬉しそうに微笑んだ。
「……うん。実は私も、そこがいいなって思ってた」
「だと思った」
俺達は互いに照れ臭そうに笑みを交わし合うと、再び正面の街道へと視線を戻した。
ウェンデルを候補に挙げたのは、何となく彼女もそこに行きたがるのではないかと思っていたからだ。
港町ウェンデル──聖王国プラルメスの南方に位置する小さな漁港がある町だ。
他国との貿易で用いられる港は別の場所にある為、人の行き来があまりなくて比較的穏やかだった印象がある。町としては結構古いらしく、建物も年季が入っていたが、町の人達もその気候と同じく優しくてあたたかかった。二年間の異世界生活で穏やかな気持ちになれた、数少ない場所である。
また、俺達がウェンデルを選んだのはそれだけが理由ではない。ウェンデルには離島があり、その離島までは一本の大きな橋で繋がっている。その島の形状が江ノ島に少し似ているのだ。
そう……俺とユウナは、《《あちら》》にいた頃は共に江ノ電沿いで暮らしていた。残念ながら学校は海沿いにはなかったが、毎日江ノ電に乗って、最寄り駅からバスに乗って通学していた。
そんな俺達が幼い頃から否応なしに目にしていたのが、江ノ島。故郷と似た場所が異世界にあるなら、当然その場所に住みたいと思うのが自然だろう。
尤も、街並みは聖都と同じく中世ヨーロッパ風で、江ノ島というよりは地中海の港町に近い。白いレンガの壁と石畳の道が特徴的で、美しい街並みと鮮やかな海に恵まれたウェンデルは、クロアチアのドゥブロブニクを彷彿とさせる。
ちなみに、ウェンデルの島は魔法学院の直轄地なので住む事はできないが、それでも俺達の知る場所と似た景色があるだけで、随分と親しみが持てる。それが原因で余計にホームシックになってしまう可能性もあるけども……それは、住んでからでないとわからない。まあ、街並みが江ノ島とは全く異なるから、多分大丈夫だろう。
それに、ウェンデルが江ノ島より優れている点は他にもある。パリピがいないといったところだ。
江ノ島は好きなのだが、夏になるとパリピが涌いて出てくるところだけは頂けなかった。あいつら平気で町を汚していくし、うるさいし、なんか治安も悪くなった気がするし。それがないだけでも、ウェンデルは江ノ島よりは住みよい町なのかもしれない。
「津波とか大丈夫かな?」
「それは大丈夫だと思う。この世界は俺達がいた国と違って、地震なんて滅多に起こらないらしいしな。この二年間で経験してないだろ?」
「あ、言われてみればそうだね」
ユウナは俺の言葉に納得した様子で頷いていた。
この世界で地震が起こる時は何か巨大な魔物が動き出した時だとか、神の怒りに触れた時だとか、何かよくない事が起こる予兆であるとされるそうだ。その為、この世界の人々は俺達よりも地震に対しては敏感で、地震が起きればそれだけで恐怖で家に閉じ籠ってしまう人もいるらしい。
ただ、俺達の世界でもヨーロッパの人々とかは地震慣れしていないらしく、日本で地震を経験した際はかなり恐怖を感じるようなので、それと似たようなものなのかもしれない。
兎角、海沿いに住む点の唯一の恐怖がその津波だが、それがないとなると安心だ。
「というわけで、ウェンデルで良いか?」
「うんっ。この前行った時はちゃんと街を見て回れなかったから、まずは街並みを楽しみたいな」
「制服でってか?」
「お、エイジくん。わかってるね」
ユウナが俺の冗談ににやりと笑みを浮かべる。
完全に冗談で言ってみただけなのだけれど、どうやらユウナは本当に制服を着るらしい。
──また絡まれたらどうするんだよ……。
そうは思いつつ、中世風異世界を学校の制服で散歩するのも面白いかもしれない。なんだか修学旅行ちっくだ。
そんなこんなで、俺達の旅の目的地が決まったのだった。
御者席の横に腰掛けて、正面の街道をぼんやりと眺めていたユウナが何となしに訊いてきた。
彼女がそう疑問に思うのも無理はない。必要な荷物だけ引き出し、そのまま逃げる様にして聖都を出てきたのだ。魔王討伐の使命を果たした〝勇者〟と〝聖女〟に役割などなく、目的地などあるはずがない。
「在りし日の青春を探しに、だろ?」
敢えて抽象的な言い回しで応えてやる。
実際に今の俺達にはそれ以上の目標がなかった。在りし日という表現が正しいのかはわからないけれども、二年前までに当たり前にあった青春を求めるなら、〝在りし日〟でも間違いないはずだ。
ユウナは俺の言い回しに「なあに、それ」とくすくす笑っていた。
「そうじゃなくて、具体的な場所だよ」
「それなんだけど……ウェンデルなんてどうだ?」
先程からぼんやりと思い浮かべていた地名を挙げてみた。
実際に今歩いている街道も、ウェンデルへと続いている。このまま真っすぐこの街道を進んで行けば、自ずとその場所には辿り着く。
ユウナは俺の挙げた地名を聞いて、少し目を見開いたかと思えば、にっこりと嬉しそうに微笑んだ。
「……うん。実は私も、そこがいいなって思ってた」
「だと思った」
俺達は互いに照れ臭そうに笑みを交わし合うと、再び正面の街道へと視線を戻した。
ウェンデルを候補に挙げたのは、何となく彼女もそこに行きたがるのではないかと思っていたからだ。
港町ウェンデル──聖王国プラルメスの南方に位置する小さな漁港がある町だ。
他国との貿易で用いられる港は別の場所にある為、人の行き来があまりなくて比較的穏やかだった印象がある。町としては結構古いらしく、建物も年季が入っていたが、町の人達もその気候と同じく優しくてあたたかかった。二年間の異世界生活で穏やかな気持ちになれた、数少ない場所である。
また、俺達がウェンデルを選んだのはそれだけが理由ではない。ウェンデルには離島があり、その離島までは一本の大きな橋で繋がっている。その島の形状が江ノ島に少し似ているのだ。
そう……俺とユウナは、《《あちら》》にいた頃は共に江ノ電沿いで暮らしていた。残念ながら学校は海沿いにはなかったが、毎日江ノ電に乗って、最寄り駅からバスに乗って通学していた。
そんな俺達が幼い頃から否応なしに目にしていたのが、江ノ島。故郷と似た場所が異世界にあるなら、当然その場所に住みたいと思うのが自然だろう。
尤も、街並みは聖都と同じく中世ヨーロッパ風で、江ノ島というよりは地中海の港町に近い。白いレンガの壁と石畳の道が特徴的で、美しい街並みと鮮やかな海に恵まれたウェンデルは、クロアチアのドゥブロブニクを彷彿とさせる。
ちなみに、ウェンデルの島は魔法学院の直轄地なので住む事はできないが、それでも俺達の知る場所と似た景色があるだけで、随分と親しみが持てる。それが原因で余計にホームシックになってしまう可能性もあるけども……それは、住んでからでないとわからない。まあ、街並みが江ノ島とは全く異なるから、多分大丈夫だろう。
それに、ウェンデルが江ノ島より優れている点は他にもある。パリピがいないといったところだ。
江ノ島は好きなのだが、夏になるとパリピが涌いて出てくるところだけは頂けなかった。あいつら平気で町を汚していくし、うるさいし、なんか治安も悪くなった気がするし。それがないだけでも、ウェンデルは江ノ島よりは住みよい町なのかもしれない。
「津波とか大丈夫かな?」
「それは大丈夫だと思う。この世界は俺達がいた国と違って、地震なんて滅多に起こらないらしいしな。この二年間で経験してないだろ?」
「あ、言われてみればそうだね」
ユウナは俺の言葉に納得した様子で頷いていた。
この世界で地震が起こる時は何か巨大な魔物が動き出した時だとか、神の怒りに触れた時だとか、何かよくない事が起こる予兆であるとされるそうだ。その為、この世界の人々は俺達よりも地震に対しては敏感で、地震が起きればそれだけで恐怖で家に閉じ籠ってしまう人もいるらしい。
ただ、俺達の世界でもヨーロッパの人々とかは地震慣れしていないらしく、日本で地震を経験した際はかなり恐怖を感じるようなので、それと似たようなものなのかもしれない。
兎角、海沿いに住む点の唯一の恐怖がその津波だが、それがないとなると安心だ。
「というわけで、ウェンデルで良いか?」
「うんっ。この前行った時はちゃんと街を見て回れなかったから、まずは街並みを楽しみたいな」
「制服でってか?」
「お、エイジくん。わかってるね」
ユウナが俺の冗談ににやりと笑みを浮かべる。
完全に冗談で言ってみただけなのだけれど、どうやらユウナは本当に制服を着るらしい。
──また絡まれたらどうするんだよ……。
そうは思いつつ、中世風異世界を学校の制服で散歩するのも面白いかもしれない。なんだか修学旅行ちっくだ。
そんなこんなで、俺達の旅の目的地が決まったのだった。