「でも、ほんと言うと不安だったの」
「不安?」

 言葉の意味がわからずオウム返しで問い返すと、彼女は「うん」と頷いてから言葉を紡いだ。

「エイジくん、()()()の世界に来てから雰囲気変わったじゃない? あんまり笑わなくなったし、前みたいに冗談も言わなくなったし……この二年間で全部が全部変わっちゃったのかなって、ずっと不安だった」
「ユウナ……」

 ユウナの言いたい事は、わからないもでない。俺自身自らの雰囲気が変わった自覚はなかったが、彼女の言った通り異世界に飛ばされてからは口数も少なかったし、転移前の様に彼女と会話を楽しもうと思ったりだとか、甘酸っぱい気持ちを抱いたりだとかもなかった。
 ただ、それは……そんな余裕がなかったからなのだ。
 自分が強くならないと死ぬかもしれない、ユウナを死なせてしまうかもしれない──そんな強迫観念にずっと襲われていて、冗談を言えるほどの余裕などなかった。恋愛をしようとも思えなかった。ただ目の前の不安を打ち消す為に強くなるしかなかったのである。
 強くなって、さっさと魔王とやらを倒して、彼女と一緒に元の安全な世界に戻る──それしか考えていなかったのだ。
 きっと彼女は、この二年で俺まで変わってしまったのかを試してみたかったのだろう。だから、勇気を出して付き合おうと言ったり、制服デートをしようと言ったり、茶番を演じてみたりしたのではないだろうか。二年前みたいに、甘酸っぱい空気になるのかどうか、俺がそんな気持ちを抱いているのかどうか。
 全く、手の込んだ事をしてくれたものだ。もっと素直に確かめてくれたらよかったのに。
 
「それで……もう私の事も醒めちゃったのかなって」
「そんなバカな! そんな事あるわけないだろ」

 そんな風に感じていたのか、と愕然とした。
 俺はただ、ユウナと無事に生きてあの世界に戻る事を最優先に考えていただけなのだ。
 しかし、この二年間の冒険を思い返していると、あまりにも甘酸っぱいイベントが無さ過ぎて、彼女がそう感じてしまうのも無理はなかった。
 俺としてはユウナに自分の気持ちを知られていないと思っていたし、全ては元の世界に戻ってからで良いと思っていたのだけれど……そもそも()()()にいた頃から俺の気持ちに気付いていただなんて思ってもいなかったし。

「じゃあ、こっちに来てからも私の事好きだった?」

 悪戯げに笑って、ユウナが訊いてきた。
 ユウナは〝聖女〟だなんて呼ばれているくせに、結構小悪魔ちっくなところある。からかわれているのがよくわかるけども、その顔も可愛くて何も言い返せやしなかった。
 
「それは、さっきも言っただろ……」
「もう一回聞きたいな」

 全く引いてくれそうな気配がないユウナ。
 俺は溜め息を吐いて、呆れた様にして首を横に振った。どうやら、観念する他なさそうだ。

「……ああ、そうだよ。ずっと好きだった。ほら、これで満足だろ? もう勘弁してくれ。顔が焼けこげそうなんだ」

 実際問題、嘘ではなくて死ぬ程恥ずかしくて顔から炎を噴き出しそうだ。
 って、何でこんな恥ずかしい思いしなきゃいけないんだ、俺は。

「ふふっ、よかった」

 そんな俺の反応に満足したのか、ユウナは顔を綻ばせて、嬉しそうにこう付け加えたのだった。

「私もだよ、エイジくん」