「ちょ、ちょっと自販機で飲み物買いに行ってくる!」

 告白し合った日に制服デートをして同棲まで決めてしまうというぶっ飛びイベントの連鎖、そしてその後の気恥ずかしい沈黙に耐えられなくなってしまい、俺は思わずそう言い放って立ち上がる。が──

「えっと……自販機は、ないと思うよ?」

 直後のユウナの適格なツッコミに、俺の心は別の意味で羞恥に塗れたのだった。
 そうだった。広場にいて制服を着ているから何となく雰囲気で自販機と言ってしまったが、ここはファンタジー異世界。自販機などあるはずがなかった。

「飲み物! 買ってくるから!」

 俺はそう言い直して、顔を火照らせたまま先程のカフェを目指して走り行く。
 ユウナがくすくす笑っている顔が想像できるが、恥ずかしくて振り向けなどしない。それにしても、何年異世界生活やってるんだ。さすがにここで自販機発言はないだろうに。
 もう一度カフェに並んで二人分の紅茶をテイクアウトで注文して、もとの広場に戻ると──先程のベンチに、人だかりができている。
 また聖女様人気でユウナに人が集まってきたのかなぁと思っていたのだが、先程まで遊んでいた子供達は親に連れられてこそこそと逃げる様にしてその場を立ち去っており、どうやら雰囲気が違う。よく見ると、ユウナの周囲にはガタイのいい如何にもならず者臭漂う男達が五人程集まっていたのだ。

「よお、兄貴。変な格好してやすけど、この女、めちゃくちゃ顔は別嬪(べっぴん)ですぜえ?」
「珍しい黒髪の女じゃねえか。まるで聖女様みてえだ。こりゃ高値で売れそうだぜ!」
「売る前にもちろん俺達で楽しんで良いんでげしょ?」
「ぎゃばばばば、当たり前だぜぇ!」

 ならず者のボスと子分が如何にも頭の悪い会話を交わす。
 あの……何ですかこのお決まりのイベントは? 異世界生活歴二年、今更こんな事が起こるのか? むしろ魔王討伐までの間も起こらなかったイベントなんだけど?
 まあ、これもきっと、勇者&聖女コスプレをせずに制服を着ていたからだろう。この国に住む者の全員が全員、俺やユウナの顔を覚えているわけではない。中には黒髪と聖衣という特徴だけでユウナと判断している輩もいたのかもしれない。
 黒髪はこの世界ではあまり多くないのだが、全くいないというわけでもない。黒髪であるからという理由だけで勇者&聖女だと見分けられるほど稀少性が高いものでもないのだ。
 聖剣バルムンクを持っていればまた対応も違ったのかもしれないが、生憎と武器の類も両替店に預けてきてしまっている。制服デートに剣など無粋だろうと思ったのだ。街中で必要になるとも思っていなかったし。
 俺は小さく溜め息を吐くと、ゆっくりとした足取りでユウナとならず者達のところへと向かった。
 これが現実世界でチンピラにユウナが絡まれていたり、それこそ転移直後に彼らの様なならず者に絡まれていたら俺も焦っていただろう。俺も緊張していたし、きっと駆け出してならず者達の前に立ちはだかっていたに違いない。
 だが、しかし──俺達は〝勇者〟と〝聖女〟として二年間を過ごし、つい先日は苦戦の果てに魔王ですらも打ち滅ぼした身である。如何に〝聖女〟が後衛職だと言えども、ならず者ごときが敵う相手ではない。