「ふふっ……何だか、普通に高校生しちゃってるね、私達」
広場の隅っこで先程カフェの店頭で買ったパンケーキ風のスイーツを食べていると、ユウナがくすりと笑って呟いた。
「案外できるのかもしれないな」
「ちょっとスイーツは美味しくないけどね」
「まあ、それはこっちの食べ物が全般的にそうだから」
俺も肩を竦めて力なく笑って見せる。
世界観が中世的異世界だからか、やっぱり食べ物は全般的に現代日本に比べてまずい。このパンケーキ風のスイーツも、俺が知っているパンケーキよりも遥かにパサパサしていて──かと思えば中はべとべとしているところもあって──甘さも少ない。小麦粉のこねて表面を焼いただけ、という感じだ。
でも、聖都ではこれが今流行りのスイーツとして話題になっているところを見ると、このスイーツでも美味しい部類に入るのだろう。
「食生活の改善は一番のポイントだよね。ちゃんとした石窯があって、調味料とかも揃えればもうちょっとマシなもの作れると思うんだけど」
ユウナもパサパサの中に潜むドロドロパンケーキに当たったのか、何とも言えない顔をして眉を八の字にしていた。
そんな顔をしてしまう気持ちもわかる。パサパサなのかドロドロなのかどっちなんだと口の中が混乱してしまうのだ。
「ユウナは料理が得意だもんな」
俺は口の中にパンケーキの残りを掻き込むと、一気に飲み込んだ。
口の中の水分が全部もっていかれて、一気に喉がカラカラになる。なんて食べ物だ。一緒にお茶も買っておくべきだった。
「得意って程じゃないよ。好きで作ってたくらいだから。お料理はお母さんの方が上手だったし」
ユウナはこう謙遜するが、町の食堂の食べ物よりもユウナが作る簡易的なご飯の方が美味しかったのはよく覚えている。
それは俺が知っている味付けに近いからかもしれないが、それでもほぼ原材料しかないようなこの世界で現代日本の料理に近い味が出せるのは凄いと思うのだ。
「でも、パンケーキも自分で作った方が美味いって思っただろ?」
「それは、まあ……ね」
ユウナは困った様に笑って、言葉を濁しつつもこくりと遠慮がちに頷いた。
「じゃあ、台所がしっかりした物件を探そうか」
「え?」
「あとは、風呂もないと困るよな。できればバストイレ別」
俺は指折りで住まいの条件を上げていく。
ガスも電気もないが、この世界には魔法がある。俺とユウナはどちらも魔法が使えるので、水も湯も魔法で生み出せるし、明かりも魔法で補える。案外これで日常生活は何とかなると思うのだ。
ちなみに湯は水と炎を同時に生み出して水を過熱する事で生み出し、髪や服を乾かす時も炎と風の魔法を調整して温風を創り出していた。
俺達はもともと電気やガスといった文化を知っているから魔法を生活に適合させて使っていたが、この使い方には仲間の魔導師も驚いていたものだ。そんな発想さえなかった、と言う。
まあ、確かに彼らからしてみれば、魔法は攻撃するものだ。生活を便利にするものという発想はなかっただろう。
「トイレも俺達以外は使わないから魔法で流せるように水洗式にしてもらって──」
「ちょ、ちょっと待って。エイジくん」
俺が他に生活に必要な条件を考えていると、ユウナが慌てた様子でその思考を遮ってくる。
「ん? どうした?」
「その……一緒に住むの?」
ユウナはおずおずと訊いてきた。
「あっ」
しまった。肝心な事を忘れていた。
異世界にきてからずっと行動を共にしてきたし、さっき告白もし合ったから当たり前に一緒にいるものだと思っていたけれど、色々ヤバい発言をしていた事に今更気付いた。さすがにいきなり同棲はやばい。思い上がりにも程がある。
魔王討伐のパートナーというのと、恋人関係のパートナーというのはさすがに別問題だ。
「ああッ、ごめん! こっちきてから今まで当たり前に一緒にいたから、つい……一緒に暮らすなんて、さすがに嫌だよな」
「ち、違うよ! 嫌とか、そういうのじゃないから!」
ユウナは俺の言葉を否定すると、言葉を紡いだ。
「そうじゃなくて……エイジくんに迷惑かなって思ってたから、切り出せなかったの。私もほんとは一緒がいいなって、そう思ってたから」
「え?」
まさかの予想外過ぎる展開に、俺の脳が再びショートしそうになった。
え? 付き合うどころかいきなり同棲? ちょっと色々すっ飛ばし過ぎでは?
いや、まあ、二年間一緒にいたから、今更って感じもするしどこをすっ飛ばしているかさえもわからないのだけれど。
「その、一応俺も男なんだけど……大丈夫?」
むしろ俺の方が大丈夫なのか不安なのだけれど。色々大丈夫か。
ユウナは俺のそんな不安など露知らず、こくりと頷いた。
「だって……こんな世界でいきなり一人で暮らすだなんて、さすがに不安だよ。あっちの世界でも一人暮らしだなんてした事ないのに」
「ああ……なるほど」
その返答を聞いて、それもそうかと思い直す。
よくよく考えれば、この世界ではオートロックやら警備システムといった防犯機能がない。いくら〝聖女〟と言えども、そんな家に一人で暮らすのは不安極まりないだろう。
魔王を倒したといっても、この世界には魔物もいるし、賊の類も多い。そんな世界で女の子を一人にさせようという判断そのものが間違いだったのだ。
「じゃあ、その……一緒に暮らしますか」
「う、うん……」
喋る言葉がぎこちなく、沈黙の中からその都度どぎまぎと投げ出すように声を絞り出し、互いに顔を赤くして視線を明後日の方向に送る。
それから暫く気まずい沈黙を過ごしていると──ユウナが沈黙を破った。
「えと……エイジくん」
「は、はひ⁉」
「改めて……これからも宜しくね」
そこには、顔を赤らめながらも嬉しそうにはにかむユウナの姿。
制服姿の彼女の笑顔はまさしく俺を二年前にタイムスリップさせてくれて、俺にあるべき青春を齎してくれたようにも思えた。
「うん。宜しく、な」
頬を掻いて、改めて挨拶を交わす。何だか俺達、魔王を倒してから宜しくしか言っていない気がするけど……まあ、色々関係が変わったし生活環境も変わるのだから、仕方ない。
兎角、異世界で魔王を倒して元の世界に戻れなくなったと思ったら、元クラスメイトから告白されて交際関係になって青春を取り戻そうという話になったら、制服デートをして同棲が決まりました──って、待ってくれ。
さすがに情報量が多すぎて混乱してきたんだけど。色々な面で不安しかない俺である。
広場の隅っこで先程カフェの店頭で買ったパンケーキ風のスイーツを食べていると、ユウナがくすりと笑って呟いた。
「案外できるのかもしれないな」
「ちょっとスイーツは美味しくないけどね」
「まあ、それはこっちの食べ物が全般的にそうだから」
俺も肩を竦めて力なく笑って見せる。
世界観が中世的異世界だからか、やっぱり食べ物は全般的に現代日本に比べてまずい。このパンケーキ風のスイーツも、俺が知っているパンケーキよりも遥かにパサパサしていて──かと思えば中はべとべとしているところもあって──甘さも少ない。小麦粉のこねて表面を焼いただけ、という感じだ。
でも、聖都ではこれが今流行りのスイーツとして話題になっているところを見ると、このスイーツでも美味しい部類に入るのだろう。
「食生活の改善は一番のポイントだよね。ちゃんとした石窯があって、調味料とかも揃えればもうちょっとマシなもの作れると思うんだけど」
ユウナもパサパサの中に潜むドロドロパンケーキに当たったのか、何とも言えない顔をして眉を八の字にしていた。
そんな顔をしてしまう気持ちもわかる。パサパサなのかドロドロなのかどっちなんだと口の中が混乱してしまうのだ。
「ユウナは料理が得意だもんな」
俺は口の中にパンケーキの残りを掻き込むと、一気に飲み込んだ。
口の中の水分が全部もっていかれて、一気に喉がカラカラになる。なんて食べ物だ。一緒にお茶も買っておくべきだった。
「得意って程じゃないよ。好きで作ってたくらいだから。お料理はお母さんの方が上手だったし」
ユウナはこう謙遜するが、町の食堂の食べ物よりもユウナが作る簡易的なご飯の方が美味しかったのはよく覚えている。
それは俺が知っている味付けに近いからかもしれないが、それでもほぼ原材料しかないようなこの世界で現代日本の料理に近い味が出せるのは凄いと思うのだ。
「でも、パンケーキも自分で作った方が美味いって思っただろ?」
「それは、まあ……ね」
ユウナは困った様に笑って、言葉を濁しつつもこくりと遠慮がちに頷いた。
「じゃあ、台所がしっかりした物件を探そうか」
「え?」
「あとは、風呂もないと困るよな。できればバストイレ別」
俺は指折りで住まいの条件を上げていく。
ガスも電気もないが、この世界には魔法がある。俺とユウナはどちらも魔法が使えるので、水も湯も魔法で生み出せるし、明かりも魔法で補える。案外これで日常生活は何とかなると思うのだ。
ちなみに湯は水と炎を同時に生み出して水を過熱する事で生み出し、髪や服を乾かす時も炎と風の魔法を調整して温風を創り出していた。
俺達はもともと電気やガスといった文化を知っているから魔法を生活に適合させて使っていたが、この使い方には仲間の魔導師も驚いていたものだ。そんな発想さえなかった、と言う。
まあ、確かに彼らからしてみれば、魔法は攻撃するものだ。生活を便利にするものという発想はなかっただろう。
「トイレも俺達以外は使わないから魔法で流せるように水洗式にしてもらって──」
「ちょ、ちょっと待って。エイジくん」
俺が他に生活に必要な条件を考えていると、ユウナが慌てた様子でその思考を遮ってくる。
「ん? どうした?」
「その……一緒に住むの?」
ユウナはおずおずと訊いてきた。
「あっ」
しまった。肝心な事を忘れていた。
異世界にきてからずっと行動を共にしてきたし、さっき告白もし合ったから当たり前に一緒にいるものだと思っていたけれど、色々ヤバい発言をしていた事に今更気付いた。さすがにいきなり同棲はやばい。思い上がりにも程がある。
魔王討伐のパートナーというのと、恋人関係のパートナーというのはさすがに別問題だ。
「ああッ、ごめん! こっちきてから今まで当たり前に一緒にいたから、つい……一緒に暮らすなんて、さすがに嫌だよな」
「ち、違うよ! 嫌とか、そういうのじゃないから!」
ユウナは俺の言葉を否定すると、言葉を紡いだ。
「そうじゃなくて……エイジくんに迷惑かなって思ってたから、切り出せなかったの。私もほんとは一緒がいいなって、そう思ってたから」
「え?」
まさかの予想外過ぎる展開に、俺の脳が再びショートしそうになった。
え? 付き合うどころかいきなり同棲? ちょっと色々すっ飛ばし過ぎでは?
いや、まあ、二年間一緒にいたから、今更って感じもするしどこをすっ飛ばしているかさえもわからないのだけれど。
「その、一応俺も男なんだけど……大丈夫?」
むしろ俺の方が大丈夫なのか不安なのだけれど。色々大丈夫か。
ユウナは俺のそんな不安など露知らず、こくりと頷いた。
「だって……こんな世界でいきなり一人で暮らすだなんて、さすがに不安だよ。あっちの世界でも一人暮らしだなんてした事ないのに」
「ああ……なるほど」
その返答を聞いて、それもそうかと思い直す。
よくよく考えれば、この世界ではオートロックやら警備システムといった防犯機能がない。いくら〝聖女〟と言えども、そんな家に一人で暮らすのは不安極まりないだろう。
魔王を倒したといっても、この世界には魔物もいるし、賊の類も多い。そんな世界で女の子を一人にさせようという判断そのものが間違いだったのだ。
「じゃあ、その……一緒に暮らしますか」
「う、うん……」
喋る言葉がぎこちなく、沈黙の中からその都度どぎまぎと投げ出すように声を絞り出し、互いに顔を赤くして視線を明後日の方向に送る。
それから暫く気まずい沈黙を過ごしていると──ユウナが沈黙を破った。
「えと……エイジくん」
「は、はひ⁉」
「改めて……これからも宜しくね」
そこには、顔を赤らめながらも嬉しそうにはにかむユウナの姿。
制服姿の彼女の笑顔はまさしく俺を二年前にタイムスリップさせてくれて、俺にあるべき青春を齎してくれたようにも思えた。
「うん。宜しく、な」
頬を掻いて、改めて挨拶を交わす。何だか俺達、魔王を倒してから宜しくしか言っていない気がするけど……まあ、色々関係が変わったし生活環境も変わるのだから、仕方ない。
兎角、異世界で魔王を倒して元の世界に戻れなくなったと思ったら、元クラスメイトから告白されて交際関係になって青春を取り戻そうという話になったら、制服デートをして同棲が決まりました──って、待ってくれ。
さすがに情報量が多すぎて混乱してきたんだけど。色々な面で不安しかない俺である。