制服デートがしたい──それが〝聖女〟ユウナ、いや、真城結菜が真っ先に示した青春の指標だった。

「そ、それにしても……何で制服デート?」
「何でって……憧れてたから」
「それは、俺とって意味で?」

 ユウナに訊くと、彼女は少し責める様な上目遣いでちらりとこちらを見てから頷くと、恥ずかしそうに顔を背けた。
 マジか。俺と制服デートしたいって思ってくれてたのか。
 確かに、制服デートは憧れるものがあった。同級生や先輩、或いは他校の生徒が放課後等に制服でデートしている姿を見ていると、いつも『いいなぁ』と羨ましげに流し見していたものである。
 ()()()の世界にいた時にも、委員会で遅くなった時は放課後にユウナと一緒に帰るといった事はあった。しかし、その後どこかに出掛けるなどはなく駅まで一緒に帰って解散というパターンが毎回で、それから放課後制服デートへと発展した事はない。いつも、このままもう少しどこかで遊べたらと思ったものだった。
 まあ、それは所詮片思い男子の淡い願望だ。どうせユウナ、いや、真城さんはたまたま委員会で遅くなったし帰り道も同じだろうという事で一緒に帰っていたと思っていたのだが、どうやら同じ感覚をユウナも持っていてくれたらしい。しかも、その相手は俺だったという。
 いや、俺ほんとに鈍過ぎだろ……勿体ない事し過ぎてた。

「よし……じゃあ、始めるか。制服デート」

 俺はそんな過去の鈍感野郎な自分に決別すべく、はっきりと彼女を見据えて言った。
 彼女は「え、いいの?」と驚いていたが、それに対して強く頷いてみせる。俺だってしたいと思っていたわけだし、断る理由がなかった。
 まあ、出来れば中世的世界観溢れるファンタジー異世界じゃなくて俺達の町で制服デートしたかったのだけれど、そこは仕方ない。ネズミーランドでも『制服ネズミー』という制服で回る習慣があるらしいし、それに近い感覚と思えば良いのだろう。周りから変な物を見るかの様な目で注視されるだけだ。
 ユウナはその返事に「やったっ」と嬉しそうに笑うと、俺の手を取った。

「あっ──」
「何してるの? 早くいこっ」

 目の前で眩しい笑顔を見せる制服姿のユウナは、まさしく俺が憧れていた真城結菜に他ならず、そんな彼女が俺の手を引いているというのが未だに信じられなかった。
 こうして、彼女に手を引かれるがまま、服装を勇者コスプレから制服コスプレへと変えて、再び聖都へと繰り出した。
 何度も何度も帰ってきた聖都プラルメス。いつもは〝勇者〟〝聖女〟として歩いていたが、今日は異世界観光の高校生……気分で二人手を繋いで歩く。
 勇者コスプレの方が町に馴染んでいるのは間違いなかったが、制服姿の方が俺達には馴染んでいた。
 二年間も着ていなかったが、ワイシャツや学生ズボンの肌触りが懐かしい。こちらでは綿や麻の服しかないので、学生服の様な化学繊維でできた服はもちろんなかった。その服の感触と彼女の手のひらの感触が、俺を二年前に戻してくれた。
 それからユウナと二人、聖都を観光していく。
 制服姿でプラルメスを歩いたのは異世界にきた初日以来だが、あの時とは随分と心持ちが違う。
 当時はわけもわからないまま異世界に連れてこられ、わけもわからずここで冒険をする事になっていて、困惑の方が強かった。
 ただ、もしかするとRPGの主人公達の気分は案外そんなものなのかもしれない。
 彼らも日常生活を送っていた中で、いきなりトラブルに巻き込まれて勇者や英雄への道を歩まされる。俺達の場合スタートは現代日本だったが、状況的には変わらない。
 RPGの世界観に憧れゲームの世界に入りたい、主人公になりたいと願った事は、小中学生の頃なら何度もあった。だが、今ならわかる。そんな世界、憧れてはならない。
 命の危険がほぼない日本という国で、普通の学生生活が送れることこそが幸せなのだ。それを、この二年間の異世界生活で俺達は嫌という程経験した。
 まあ、でも──

「ねえ、エイジくん」
「ん?」
「あそこのカフェで新しいスイーツが発売されたんだって。食べてみようよ」

 俺の手を引いて、楽しそうに提案してくる制服姿のユウナを見ていると、異世界は異世界で悪くないか、と思う。
 周囲の景観は異世界だけれども、制服姿でこうしてはしゃいでいると、まるで本当に制服デートをしている気分になってくる。
 いや、制服デートは間違いなくしているのだけども、果たしてこれが所謂一般的な制服デートと言えるのかどうかは謎だった。というのも、今の俺達にとっては勇者姿がコスプレなのか、制服姿がコスプレなのか、その判断がもはやつかないからだ。

「って、やばいな。結構列ができてきてるぞ」
「あ、ほんとだ。早く並ぼっ」

 店頭のテイクアウトでどんどん列が長くなっていく様を見て、俺達は慌ててその最後尾に向かって駆け出す。
 その間、周囲の町民達は一瞬俺達が勇者だとか聖女だとかと気付かず、ただ奇怪な服装をしている異郷人に見えたらしくて──如何に服装が大事かを思い知らされる──怪訝な顔をしているが、近くで見ると「あ、勇者様と聖女様か」と認識していた。
 俺達はそんな周囲の視線を気にも留めず、勇者でも聖女でもなく、ただ異世界からきた高校生として、その一瞬を過ごしていた。
 それはきっと、ユウナが楽しそうにしてくれていたからだ。

 ──異世界制服デートも、まあ……悪くはないかもしれないな。

 俺は隣のユウナを眺めながら、そんな事を考えるのだった。