「……凛」

「はい……えっ?」

 突然伊吹が抱き寄せてきたので、凛は驚き目を見開く。すると伊吹は熱を帯びた瞳で見つめてきた。

 黒曜石のような輝きを放つ瞳、すっと通った美しい()(りょう)、そして形のよい唇。非の打ち所のない整った面立ちは、彫刻のように完璧だった。

 これほどまでの美男子を、伊吹に会うまで凛は見たことがなかった。

 そんな男性が自分の夫だなんて、いまだにたまに信じられなくなる瞬間さえある。

 戸惑う凛の顎にそっと手を添えて上を向かせると、伊吹は唇を重ねた。柔らかく熱いその感触に、凛の全身が熱を帯びていく。

「すまん。ドラマの幸せそうなふたりを見ていたら、急に凛が愛おしくなって」

 唇を離した後、伊吹が切なげに声を紡いだ。

「……は、はい」

 なんて答えたらいいかわからず凛がただ返事だけをすると、伊吹はまた口づけをしてきた。

 凛は瞳を閉じて、ただそれを受け入れる。

 しかしいつもの口づけよりも力強く、濃厚な味わいがした。顎に添えられていた手が首筋を触り、くすぐったくて身震いする。

 もともと、伊吹との口づけは定期的に必ず行わなければいけない行為だった。

 凛からは人間の匂いがにじみ出ているためだ。人間を食らう種族であるあやかしがそれを嗅ぎつけたら、凛は真っ先に狙われてしまうのである。

 伊吹の口づけには、人間の匂いを鬼の匂いで上書きする効果があった。頬への口づけなら一日、唇同士の口づけなら三日間、その効力は保たれる。