最初は戸惑い、信じられなかった凛。だが、伊吹の真っすぐな愛を何度も肌で感じた今では、素直にそれを享受できるようになってきていた。

 されども、ここはあやかし界。

 一歩外に出れば、人間を食らう種族であるあやかしたちが通りを(かっ)()しているという、人間の凛にとっては危険極まりない場所だった。

 そのため、ごく親しい者を除いて自分が人間であることを凛は隠して生活するようにしていた。

 ところが、あやかし界に来てまだ三カ月足らずだというのに、凛を人間だと察したあやかしが何名かいる。

 幸い伊吹と親しいあやかしばかりだったので、凛の正体を吹聴するような者はいなかった。

 しかし必死で隠していても、いずれは『鬼の若殿の嫁は人間らしい』と皆が知ることになるだろう。

 あやかしと人間は平等だと建前では言われている現代だが、いまだに人間を下等な種族だと考えているあやかしは多い。ほんの百年少し前までは、あやかしたちは欲望の赴くまま、人間を好き勝手に食らっていたのだから。

 よって、鬼の若殿の嫁が人間だと発覚したら、伊吹を『人間なんかを嫁にもらった若殿』と揶揄(やゆ)するあやかしが出てくるだろう。凛を食らおうとするあやかしすら現れるかもしれない。

 それを防ぐためにも、凛は実力のあるあやかしの御朱印を集めていた。

 あやかし界では、妖力の強いあやかしは持っている能力や特性に合った称号と御朱印が与えられる。そして御朱印を己の御朱印帳に押してもらうと、魂の契りが結ばれるのだ。

 それは押印した相手の力を認め、どんな状況下でも裏切らないというなによりも優先される契約である。