ぼそりと伊吹が(つぶや)いたのが聞こえ、凛はハッとする。

 ――もしかして伊吹さん、早く子供が欲しいのかな……。

 しみじみとした伊吹の言い方に、凛はそう考えてしまった。

 御年二十七才の伊吹は鬼であり、その上次期種族の頭領となる『鬼の若殿』と呼ばれる位の高いあやかしだ。さらに、あやかし界全体を統治する次代のあやかし頭領としても、最有力候補だと()(せい)では(うわさ)されているらしい。

 対する凛は、妖力をいっさい持たないただの人間である。ただし、百年に一度の頻度で誕生すると言われる〝()(けつ)〟という特別な血を体内に宿しており、『夜血の乙女』と呼ばれる存在だった。

 鬼は人間を食わないあやかしであるが、人間の体内で唯一夜血だけを美味だと感じる性質を持つ。

 夜血の乙女は鬼の若殿に花嫁として献上されるのが、あやかし界と人間界の間で取り決められた古くからの(おきて)であった。

 しかし表向きでは花嫁と言っても、夜血の乙女は生贄(いけにえ)同然だと人間界では認識されていた。

 なぜなら乙女は献上された直後に、夜血を好む鬼の若殿によって血を吸い尽くされて絶命するという俗説を皆信じていたからだ。

 夜血の乙女だと発覚するまで、その赤い瞳のせいで不吉な子だと家族にすら蔑まれていた凛は、抗うことなくその運命を受け入れていた。

 つまり、鬼の若殿に会ったら最後、自分はもう息絶えるものだと覚悟して伊吹の元にやってきたのだが……。

 なんと伊吹はそんな凛を優しく受け入れ、花嫁として全力で(ちょう)(あい)してきたのだ。