もともと、『手持ち無沙汰だからどこかで働きたい』という凛の申し出で始まった旅館でのアルバイト。それはもう終わってしまったが、最近の凛は伊吹の従姉(いとこ)である紅葉(もみじ)が開いている甘味処によく足を運んでいる。

 というのも、その甘味処で少し前に発売された初夏向けの新メニューが想定以上に人気を博してしまい、店の前には毎日長蛇の列ができているらしい。

 凛は人手が足りず嬉しい悲鳴を上げている紅葉をサポートしていたのだ。

 生来、働き者の凛にとって紅葉の店での仕事は楽しいらしく、充実した日々を送れているようでよかった。

 ただ、こんなふうにずっと安穏と過ごし続けるわけにもいかない。

 人間である凛と平和に添い遂げるためには、御朱印集めは必要不可欠。そろそろ次の御朱印を誰かから賜れないか算段しなくてはならない。

 しかし、御朱印持ちのあやかしは、性格が偏屈だったり、御朱印のために厳しい試練を課してくる者だったりで、なかなか一筋縄ではいかなそうだった。

 愛する凛を危険にさらしたくない一心で平和に交渉できる相手を探していたが、まったく思い当たらなかった。

 ――いったいどうしたものか。できるだけ早く御朱印を集めたいのだがな。

 湯に全身を浸からせながら、伊吹は深く嘆息する。

 もともと伊吹は凛の正体は隠し続けてあやかし界で暮らせばよいと思っていたので、危険を伴う御朱印集めは特に必要ないのでは、という腹づもりだった。

 しかし凛が『私が人間だと発覚したら、伊吹さんに迷惑をかけてしまうから』と御朱印集めを強く熱望したため、共にその道を歩むことにした。