そして、翌日の土曜日。俺は、葉月と遊園地に来ていた。
「わぁーなにあれ! このカラフルなのポップコーンなの!? すごーい、食べたい食べたい! 私キャラメルー!」
子供のようにはしゃぐ彼女とはうらはらに、俺の心には分厚い雲がかかっていた。
遊園地なんていつぶりだろう。結花と来たときにはなかった乗り物がいくつもあって、時の流れをひしひしと感じた。足が重い。
俺はなぜ知り合ったばかりの少女とここにいるのか。どうして隣に、結花がいないのか。
「……りっちゃん?」
葉月の声にハッとする。心配そうな葉月の顔が視界いっぱいに広がった。
「あ……悪い。どこ行く?」
「……うん! えっと、あそこ!」
葉月が指をさしたのは、大きな観覧車だった。
「え、あれ?」
よりによって、結花との思い出の観覧車かよ……。
耳の奥で結花の声が響いた。
『――えぇ、あれ乗るの? 別のにしようよ。ほら、あっちのぐるぐる回ってるやつとか……』
あの日、結花は観覧車に乗りたいと言った。高所恐怖症の俺は、なんとか別の乗り物に結花の気を引こうとしたけれど、
『大丈夫よ! 落ちたって死ぬときは一緒だから!』
結花はぐいぐいと俺を観覧車の列に引っ張っていく。結花に甘々な俺は、手を引かれたらもう乗るしかない。
『さっ、行こ! 律!』
『マジか……』
あの十数分がどれだけ長く感じたことか。
「――りっちゃん、行こっ!」
観覧車を見上げて、思い出にひたっていると、葉月が俺の手を取って走り出した。
「えっ!? ちょ、待っ……待て待て。観覧車はちょっと」
「えーダメなの? 一番乗りたかったのに、残念……」
振り返り、葉月は目を伏せた。
その、瞬間。
棺桶の中で花に囲まれて眠る結花の顔と、葉月の目を伏せた横顔がダブって、言葉を失う。
陽が当たっているのに薄暗いあの部屋。線香と、強い死の匂い。表情のない結花の青白い顔――。
「……やっぱ行くか、観覧車」
俺は観覧車の列に並ぶ。鼻の頭辺りが、きゅっと苦しくなる。懸命に堪えながら、俺は青い青い空を仰いだ。
後ろから、嬉しそうに頬を緩ませた葉月がちょこちょことついてきていた。
なぜこんなにも自分の心がこんなにもままならないのか、俺はなんとなく気付き始めていた。
似ているのだ。葉月は。亡くなった結花に。
顔も性格も全然違うのに、なぜか結花とダブって見えてしまう。何気ない仕草や言葉の選び方が似ているのかもしれない。葉月と話していると、結花の片鱗が顔を覗かせる。
観覧車の頂上。俺は静かに窓の外の景色を眺めていた。不思議と怖くはない。俺はいつの間にか、高所恐怖症すら克服していたらしい。
ぼんやりとしていると、隣に座っていた葉月に袖を引かれた。
「ねぇねぇりっちゃん。私、ソフトクリーム食べたい」
葉月が指を差しているのは、窓から見えるソフトクリーム屋の看板。
「はぁ? 今それ食ってんのに?」
葉月はポップコーンのバスケットを抱えている。あれ食べたいこれ食べたいと言われ、結構貢いだつもりだったのだが。彼女はまだ物足りないらしい。
「ポップコーンも美味しいけど、それよりソフトクリーム! 私、チョコが食べたい!」
「はぁ……分かったよ」
呆れながら頷くと、葉月は満足そうににんまりと笑った。
「ねえ、あそこはなに?」
「あぁ……あそこは、プラネタリウムだよ」
「プラネタリウム?」
「人工の星空が見られるんだ」
「へぇ……いつの間にかあんなの出来てたんだ」
「知らなかったのか? 作られてもう、三、四年くらい経つはずだけど」
「あー……」
すると、葉月はなぜか気まずそうに目を泳がせて。
直後、にぱっと笑って、そこを指差した。
「ねぇ、私あそこにも行きたい!」
俺は盛大なため息をつく。
「ねぇ、りっちゃん! お願い」
やっぱり、この笑顔にはどうも弱る。
「……あそこは、また今度な」
俺は手すりに頬杖をつきながら、窓の外のモノクロの景色を眺めていた。