生い茂る木々に見覚えがある。ここはスワンボートで辿り着いた先の森だ。レンガ道から外れる前の場所。真っ直ぐ進むべきだった場所。
家から一歩外へ出て、玄関の扉を閉める。よし、もう道を外れないぞと心に決めて前を向くと、道のずっと先から何かがこちらに向かって歩いて来ているのが目に入った。何か……というか、あれは、人?
理解した瞬間、ギクリとした。人といえば、脳裏に過ぎったのはあの少年の形をした黒い影。この世界で出会った人間はあの時の影しか居ない。それ以外で居るとしたら探しているあの子かなとも思ったけれど、こんな所で出会う訳がないのだ。だって、この世界にあの子の姿を探しに来た訳ではないと、もう私は知っている。こんな風にあの子と出会うはずが無い。
どうしようかともたついている内に段々近付いてくるその人は、まだまだ遠い先の方でピタリと足を止めた。顔がこちらを向いている。どうやら私の存在に気付いた様だ。
遠くても何となく見つかったという事は分かり、今私達の目が合っている様な気すらする。どうしようかと次の行動を決めかねていたその時、急にその人は動きだした。
「!」
段々スピードを上げてこちらへ向かって歩いてくる。始めはゆっくりだったその人がとうとう走り出したと分かった瞬間、私は咄嗟に振り返っていた。後ろのもと来た家に逃げ帰ろうと思ったのだ。安全だと言われた家の中に——しかし、そこにもう家は無かった。何も無い、ただレンガ道の続く森が広がっているだけ。私が出た瞬間、家は消えてなくなっていたのだ。