漕ぎながら、自分のハンドルで行く先を操作していく。自分で乗った事はまだ無い。まだ……そうだ。
「私、スワンボートに乗りたかったけど、乗れなかったんだ」
思い出した、あれはまだ私が幼稚園の年長くらいの頃。家族で観光に行った先に大きなスワンボートがあって、乗りたいとねだった事がある。その時は両親に暑いからとか、漕ぐのが大変だからと言われて、結局ホテルのチェックインがあるからと説得されて渋々諦めたのだった。
確かにあの時はすごく暑かった。そんな中、二人しか乗れない所に幼稚園児の私と乗ったら、漕ぎ手は親一人。他にも散々観光に周った途中で見かけたものだから、また今度にしようと言われても仕方がない。
「沢山人が居たんだ。家族とか、カップルとか、友達同士とか。ボートに乗る人はみんな楽しそうに見えたの。楽しむ為に乗るんだから、そりゃあそうだよね」
二人で居て居心地の良い人、二人きりになりたい人、二人の特別な思い出を作りたい人、そんな人々が乗るスワンボートは幸せで輝いていた。だから私も乗りたいと、幼心に思ったのだ。
「まさかこんな形で乗る事になるなんて」
「……嫌だった?」
不安そうに、小さな犬が問う。
「ううん、嬉しい。もうこの先乗る事なんて無いと思ってたから」