「あー……えっと、ごめんね」
「え?」
「私、人との話し方とか、気持ちの受け取り方とか、とっても下手くそで。少し時間を貰えればもう少し君の気持ちに近づけると思うから、ちょっと時間貰っていい? 考えさせて下さい」
「……」
目を丸くして、男の子が私を見つめる。まん丸の瞳はキラリと一瞬金色に輝き、消えてしまったあの時の黒猫と同じ色をしていたように見えた。
が、瞬きの間にいつもの黒色に戻っていた。水槽の光が反射したのかな。私の見間違えかもしれない。そんな事より今はどんな気持ちなのか考えないと——と、考え込んだ、その時。
「な、名前! 僕の名前を言ったら、それは自分になっちゃうから」
「……え?」
「言ったら自分が自分になっちゃうから、だから言いたく無いって言いたかった。どうしても名前は言いたくないんだけど、その理由は話してみたいって思っただけ」
……驚いた。真っ直ぐに私を見つめる彼の口から、力のこもった言葉が飛び出したから。自分が自分になっちゃうから、という気持ちは私にはよく分からなかったけれど、意を決した表情で私を見つめる男の子からは本心を打ち明けてくれた事がひしひしと伝わってきて、彼の告げた言葉を頭の中で何度もなぞる。そんなに大事な理由を、今、こんな私に話したいと思ってくれたなんて。
「そっか……話してくれてありがとう。ごめんね、言わなくて良いよはやっぱり間違いだったんだね」
「違うよ、僕に勇気が無かっただけ。君が僕の事を真剣に考えてくれて、それだけで少し軽くなった。ありがとう」
「そんな、私は何も……何もしてないよ」
何だか申し訳なくなって小さくなる。すると、じっと私の目を見る男の子が両手で私の手を取った。ほんのり伝わる彼の温もり。小さな手のひらが、今日は温かい。
「何事も真剣に考えられる君は正しいよ。君は何も悪く無いし、君のおかげだよ」