夢物語


 今年の夏は海に行こうと言っていたのに、結局行けなくなってしまったから。夢の中だとしても来られた事が嬉しくて、堤防に寄り掛かり、ジッと海を眺めていた。猫を見失った事で大冒険は出来なくなってしまったけど、こんなのんびりした夢も悪くないか……と、切り替えた、その時だ。


「もう追いかけてくれないの?」

「!」


 いつの間に現れたのだろう。突然、私が身を預けて頬杖をついている隣に、あの黒猫の姿があった。堤防の上にちょこんと座って姿勢良くこちらを眺めている。


「猫さん……! やっぱり喋れる猫さんだったの!」

「喋れた方が良さそうだったから」

「……?」


 良さそうとは一体……? 私が喋れた方が良いと思った事が夢に反映されたって事? 随分メタ的な発言をする登場人物である……そんな夢の時もあるんだなぁ、なんて考えていると、


「海、綺麗だね」


 唐突に猫さんが海の感想を私に投げかけた。どうやら猫さんも私と同じ感性を持っているらしい。それもそうか、私の夢の中なんだから。


「うん、そうだね。すごく綺麗」

「嬉しい?」

「嬉しいよ。来たかったから」

「泳げないのに?」

「夏を感じるのにそれとこれとは関係ないよ」


 どうやら私が泳げない事も猫さんは知っている設定だ。随分としっかり作り込まれた相棒である。