——もう、元の自分に戻りたい。その方が良い。
心に決めた途端、目を閉じた様に真っ暗だった辺りが段々と白んでいき、もやもやと周りの空気を変え始める。何か紙の捲れる様な音と共に周囲に色がつき始めて、もしかしてここはと場所に検討がついた瞬間、私は机に向かって座っていた。テキストを開いていて、隣には家庭教師の先生もいる。やっぱり。ここは私の部屋。今日もまた勉強の、私の毎日がかえってきた。
「あれ? 手が止まってるけど……分からない?」
先生がノートを覗き込んでそっと尋ねてくるものだから、慌てて「大丈夫です」とだけ返した。分からないとは極力言いたく無かったから、ノートとテキストをもう一度確認しようと手元へ目を向けると、そこには何故か私を見上げる海の仲間達消しゴムが。
「……え?」
先生からもらった後、机に綺麗に並べていたはずのあの消しゴム達が今、私と目が合った瞬間、ぴょんぴょんと思いおもいに飛び跳ね始める。まるで私に向かって何かを訴えかけている様に。
そこでようやく私は気がついた。そうか、きっとここは私の夢の中。「こら、もう海にはいけないんだぞ」と、消しゴムを叱る先生の言葉に納得した。元の自分に戻りたいと願った結果がこの場所だったのだと。勉強は元の私の毎日に必要なものだったから。ここは、私の世界の中心だった。
別に勉強が好きな訳でも嫌いな訳でもない。ただ、それ以外を私は知らなかった。それ以外の、今の自分に必要な何かの存在を。それを知ったのは中川君に出会ってからだった。大切な、今の私に必要な物。経験。一人では生まれない何か。……でも、それを知った私は誰にも必要とされなかった。