そう言うと、彼はスッと人差し指を伸ばして、えいっと指を振る。すると、海で変わらず楽しそうに泳いでいた私の消しゴム達が、ポンッと一斉に消えてしまった。そこに残されたのは灰色の寂しい海と波の音だけ。
「俺はあの消しゴム達が嫌いだ。誰かが君を喜ばせた証拠が、君の心の中に大切に残ってるのが嫌だ」
「……え?」
「ここには俺と君だけで良いよ。ひとりぼっち同士の俺達で居たいんだ」
君に俺より仲良しの人が出来るのが怖い、言葉を失う私を前にポツリと告げられたその言葉と同時に、ポツリ、ポツリと降り出したのは雨。
雨脚は段々と強くなり、呆然と佇む私に彼は家へ帰る様促した。止まっていた思考をどうにか動かして、君は?と尋ねたけれど、微笑んだまま何も答えてくれなかった。
そして、また明日と彼は言う。これはいつもの終わりの合図だ。もう話は終わったから帰れと告げられていて、その言葉にいつも素直に従ってきた。……でも、今日は違う。こんな雨の中を一人で放っておく訳にはいかない。
「あのさ、うちにおいでよ。一緒に帰ろう」
「……え」
「え、じゃないよ。風邪ひいちゃうよ」
「ひかないよ。分かるでしょ?」
「でもこのままじゃ雨はやまないでしょう?」
魔法の様になんでも思い通りに出来る世界だから、きっと彼の言う通り、風邪なんてひく事も無いのだろう。ここは彼の世界だ。彼の心が思うままの世界。だから風邪の一つもひかないだろうけど、でも、降り続ける雨をやませる事は出来ないはず。
だって気分で世界が変わるのだと、前に猫さんが言っていた。彼の心が晴れ無い限り、この世界に晴れ間はこない。だから私は始めから分かっていた。ずっと曇り空の理由を分かっているから、一生懸命街を歩いた。早く君を本当の笑顔にしてあげたかったから。