「居ないよ。居て欲しいと思った事はあったけど、俺の夢の中にまでは呼べなかったんだ。なんでか分からないから色々用意してみたりもしたんだけど、呼べない理由はよく分からないままだった。みんな次の日には俺との出来事を忘れてるからかなぁと今は思ってる」
「そうなんだ……じゃあ今まで色んな人の夢の中に入ってきたんだね。誰の夢にでも入れるの?」
「うん。それも何故だかはよく分からないけど」
そして少し考える様な間をおいて、ある日急に出来たんだ、と彼は教えてくれた。それは確か、自分の心の内側と、人と関わる外側の違いに悩み始めた頃からだったのだと。
「夜になると色々考えるんだけど、寝る前に考えてた人がそのまま夢に出てくる様になった時には驚いた。何度か繰り返す内に今がどっちの夢なのかとか、相手の夢だとあんまり自由に出来ないなとか、決まりみたいな物もなんとなく感覚で分かる様になってきて……」
ピタリと、そこで彼は言葉を止める。どうしたのかと首を傾げると、ふと彼が、海を眺めていた視線を私の方へと向けた。
「あのさ、この海が欲しかったんだ」
「この海が? なんで?」
「だって、君は俺の夢に入って来れたから。次に来てくれた時にこの海があれば、君を喜ばせる事が出来ると思ったんだ。初めて一緒に海を見た時の君が忘れられなかったから」
「うん……それは本当にありがとう。あの時君は黒猫だったよね?」
「そう。理想の自分で君に会いたかったから。でも首輪をしたのに猫が嫌がって、その後上手くいかなくなったけど。俺の中の猫は今では完璧に他人だよ」
「そうかな? 私は猫さんも含めてみんな同じ部分を持ってると思うけどな」
「違うよ。アイツは違う。だってアイツはきっとこんな事はしないよ」