隣の部屋では、重箱を下げに来た高井が、茜の姿を見て、本番は、明日なのに何してるんだ、と怒鳴っていた。

「清さんに、舞の細かな所を見てもらってたの」

茜の言葉に、

「清さん、だって?!」

逆上する高井の声が響く。

傀儡師が、クスクス笑っている。

紫は、繰り広げられている会話を聞きながら、震える体で、そっと、押し入れから抜け出すと、床板をはずし逃げ出した。

今夜、茜は明日に備えて、社務所に泊まり込み家へは、帰って来ない。

分かっていても、紫は、茜が自分を見つけに、やって来るのではないかと、一晩中、布団を頭からかぶりながら、震えていた。

翌日の祭り当日は、多くの人で賑わい、子供が、次々消えたことなど嘘のようだった。

茜の舞も、無事に終わり、大人達に囲まれている。

「寸劇が、始まるぞー!」

呼び子の声に、皆、一斉に舞台へ向かった。

傀儡師は器用に糸を操りながら、まるで生きているかのように人形を操り、人々を魅了していく。

「綺麗やなぁ……人形はずうっと生きていける。自由にいつまでも」

紫の隣にいつの間にか、茜が座っていた。

思わず紫は、席を立ち駆け出した。

「……もういいかい……」

背後から、冷ややかな笑い声と共に、茜の声がしたような気がした。


ーーーー祭りが終わった夜、茜も傀儡師も、姿を消し、そのまま、消息は途絶えた。

そして、月日は流れる。

今年もこの小さな村で、夏祭りが開かれる。子供が姿を消した事など、遠い昔の話になっていた。それを知っているのは、もう、紫ぐらいかもしれない。

「傀儡師さんの寸劇がはじまるよ、(みどり)も、よぉく見てご覧」

紫は、街から帰省した孫の小さな手を握り、最前列で寸劇を鑑賞していた。

傀儡師は、紫の姿を確認すると、あの笑みを浮かべた。その不気味さは昔と少しも変わらない。なぜか、その姿までも……。

指先で糸を弾く様に繊細に動かすと、次々と人形が動き出す。演目は、義経千本桜四段目、義経と静御前が、再開する名場面だ。

「ばあちゃん、お人形さんが、いっぱい」

「あ、あれは、俊恵ちゃん、こっちは、かっちゃん、そして……茜姉ちゃんは、まだだねぇ」

「ねー、ばあちゃんー、かえろうよー」

孫の翠は、まだ五歳。人形芝居、それも、浄瑠璃となると、退屈だろう。

帰りたいとグズる翠に、手を焼く紫を見ながら、舞台の傀儡師が、ニタリと笑った。


「まぁだだよ……」