紫は、とっさにお堂へ向かっていた。高井のおばさんが、何か言っていたが、そんなこと、どうでも良かった。
克也は、お堂にいるかもしれない。
俊恵ちゃんにみたいに、靴だけが残されて、トリカブトの花と共に……。
怖くてたまらない。
足が震えるのを抑えたくて、紫は、到着したお堂の入り口で、太ももを力いっぱい叩いた。
近所の人が、陽が落ちる前に点けにくる、灯籠の明かりが妖しく灯り、お堂の入り口の襖には、揺めく蝋燭の焔が映っていた。
(……良かった……)
お堂の前には、克也の靴はなかった。
克也が、見つかった訳でもないのに、紫は安堵する。
ーーーーその時だった。
お堂の、襖越しに人影がゆらりと見えた。
「ひっ……」
あまりに静かだったので、お堂に誰も居ないと思っていた紫は、思わず尻餅をついた。その衝撃で小枝が、パリッと折れる。
ゆっくりと人影は近づいてきて、襖に手をかけるのがわかった。
心臓が飛び跳ねる。
身体は恐怖で硬直して動かない。ズルズルとお尻を引き摺るようにしていた紫は、襖が開いたと同時に、目を見開った。
「……おや、そんなに驚いた顔してどうしたのかな?」
切長の一重瞼に、大きめの鼻、口には無精髭を生やし、白髪混じりの長め黒髪は、後ろで一つに束ねられている。
傀儡師が、地べたに転がる紫を、不思議そうに眺めていた。
「あ……あなたは……」
「早いね……もう一年か、今年の祭りも観に来てくれるかな?」
そうだ、さっき茜が話してた。お堂には傀儡師がもう到着していると。
黒い作務衣を身に纏い、にたりと、笑う傀儡師に、紫は、蚊の鳴くような声で、はい、と、返事をした。
傀儡師は、笑っているのに、なんとも言えない不気味さがある。
(そうだ……聞かなきゃいけない……)
紫は、なんとか立ち上がると、恐る恐る傀儡師に訊ねた。
「あの……克也くんっていう、坊主頭の男の子見ませんでしたか?」
傀儡師は、何のことやらと、頭を掻いた。
「いや、子供は見ていないがね……その子が何か?」
「あ、かくれんぼしてて、見つけられなくて」
咄嗟に紫は嘘をついていた。何故だか、居なくなったことを言ってはいけない気がした。
「そう……もう暗くなるからね、お腹が減って、家に帰ったんじゃないかな?」
傀儡師は、無精髭を触りながら、細い目をさらに細めた。
「あ、そうですよね。ありがとうございました」
紫は、傀儡師に背を向けた。
「紫ちゃん……」
声をかけられた紫は、息が止まりそうになる。
何故、傀儡師は、自分の名前を知っているのだろう。
「……は、はい」
ゆっくりと振り返る紫のすぐ後ろに、いつの間にか傀儡師が、立っていた。
「かくれんぼはね、隠れるより探す方が大変なんだよ。『もういいかい』と訊ねて、『もういいよ』と返ってくるとは限らないからね」
傀儡師は、人差し指を、口元に当てるとニヤリと笑った。
紫は、返事もせずに無我夢中で、その場を去った。