翌日のこと。
紫より二つ年下の俊恵が、行方不明になった──。
子供達は集まり、村外れのお堂で隠れんぼをしていた。
その日は、舞の練習をしている茜は、勿論、いつも鬼役をかって出る克也も、なぜか来ていなかった。
紫は克也の怯えた様子を、思い出していた。
「もういいかい?」
かくれんぼが、始まった。
紫は、かくれんぼが得意だった。小柄な体を生かして、お堂の近くに並んでるお地蔵様の影に隠れるのだ。
「また、紫の勝ちかよー」
年長の達夫が、悔しそうに呟いた。
「じゃあもう一回しよ!」
達夫が、前歯の抜けた口を開けて笑った。
「あれ?俊恵は?」
「本当だ。どこいったんだろう」
「あいつ一番始めに見つかって拗ねてたよな」
面倒臭そうに達夫が辺りを見渡した。
確かに、俊恵は木の影に隠れていて、あっという間に見つかり、不貞腐れていたのを、紫は、お地蔵さんの影から見ていた。
紫達はすぐに、大人達に知らせ、村総出で、お堂のまわりは勿論、川や、池、山の中、まで探したが、俊恵を見つけることはできなかった。
そして、その次の日、お堂の前に小さな靴が並べてあるのを、通りがかった村人が見つけた。
女の子用の靴には、『としえ』と書かれていた。側には、なぜかトリカブトの花が添えられていた。
祭りの準備の為に、屋台を仕切る香具師の親方や、屋台の面々など、何時もより人の出入りが多くなっている。余所者の仕業か──。
村は騒然となった。
大人達は、捜索隊を組み、俊恵の行方を探したが、やはり、見つからない。
「俊恵ちゃん、どこ行っちゃったんだろうね」
その夜、隣の布団で茜が、他人事のように呟いた。
「茜姉ちゃん、私……怖いよ。……トリカブトって、触ったら、死んじゃうって、お母さんが……。そんなお花が俊恵ちゃんの靴と一緒に置いてあったなんて……」
紫は、身震いした。
「触っただけで死ぬなんて、嘘よ」
茜は、耳下で切り揃えられた黒髪をサラリと揺らすと、馬鹿にしたように笑った。
──結局、大人達は、祭りの準備を優先し、俊恵のことは、町の駐在所に捜索願いを出して、警察に任せることにした。
年に一度の祭りは、村へ、かなりの額の寄付が集まる。子供一人に、かかりきりになれないというのが、大人達の本音だった。
もちろん、俊恵の家族は、捜索の続行を村長にすがったが、言葉を濁され、終いには、お前の娘が居なくなったのが悪いんだと、罵声を浴せられた。
こうして、村人は、何事も無かったように、神社に集まり、男は、屋台の組み立ての手伝い、女は、毎夜行われる宴会の料理作りに明け暮れた。
紫も、神社の社務所の備え付けの炊事場で、皿の用意をしたり、大人達の手伝いをしていた。
「……そういえば、傀儡師さん、来てたかね?」
婦人会の会長を勤める、高井が、皆に声ををかける。
「ああ、そういえば……」
皆、作業の手を止めて、考え込む。言われて見れば、まだ、姿を見ていない。
「あたし、見たよ、お堂で」
あら、茜ちゃん、と、高井が、調理場の入り口を見た。
「舞の練習は?」
浴衣姿の茜は、ふう、と、息をつくと、「休憩。おばさん、お水ちょうだい。喉乾いちゃった」と言った。
茜は、最後の仕上げで、神社の神主さん、村長さん、氏子総代さん達に、舞の指導を受けている。
紫は、思う。自分なら、絶対に、無理だ。村の重鎮が、そろって、口を出してくると考えただけで、汗が滲んでくる。
と、その時、お勝手の、引き戸が、ガラリと勢い良く開かれた。
「すまんね、皆、うちの克也を見なかったかい?!」
息せききって、克也の母親が、飛び込んで来た。
「克也が、夕べから帰ってないんだよ!」
皆、考える事は同じのようで、誰一人言葉を発しない。
「お堂じゃない?俊恵ちゃん、みたいに」
「茜!言って良いことと、悪い事があるだろうっ!!」
高井が、怒鳴った。
ざわめく、調理場の隅で、紫は、思い出す。
……俺見たんだ。茜を。そして……見つかった。……だから……。次は、俺かもしれない。