獣王であるライオネル一行が帰還した後。

ありがたいことに俺の大農園の作物は大好評で、プルメニア村の住民だけでなく、外部からも買い求めに来る人も増えた。

しかし、俺の大農園は外部の者との売買を受け入れる体制を作っておらず、商人などが来るたびに責任者である俺やメルシアがいちいち対応しなくてはいけないという問題が起きた。

そもそも俺が大農園を作り上げて従業員を雇ったのは、俺が錬金術の研究や仕事に専念するためだ。

それなのに俺が頻繁に駆り出されては意味がない。

そんな問題を払拭するために作り上げたのが販売所。

大農園の敷地の外に販売所を設置することで、プルメニアの住民や外部の客との売買をそこで完結させるのが狙いだ。

錬金術で販売所を作り上げ、内装を固めていこうとしたところでライオネルの訪問により中断になったが、あれから二週間が経過して販売所は本日が開店だ。

工房を出て、販売所の前にたどり着くと俺は驚いた。

販売所の外に長蛇の列ができているからである。

「うわっ、すごい行列だ」

ざっと数えただけで五十人くらいはいるんじゃないだろうか。

今日が販売所の開店日だとは、プルメニアの村人に伝えてはいたが、まさかこんなに早い時間から並ぶとは思っていなかった。

これだけ大勢の客がいるのであれば開店を急がなければいけない。

俺は並んでいる人たちに軽く挨拶をしながら足を速めて販売所の中へ。

「すごい。しっかりと販売所になってる」

二週間ほど前までは倉庫を思わせるくらいに何もなかったけど、今ではしっかりと陳列棚、会計所などが作られており、しっかりと販売所と胸を張れるような内装になっていた。

呆然(ぼうぜん)とフロアを見渡していると、真っ黒な髪に猫耳を生やしたメイド姿の女性がやってくる。

「イサギ様、おはようございます」

「おはよう、メルシア」

彼女はメルシア。

俺がレムルス帝国の宮廷錬金術師だった時から、助手として錬金術のサポートをしてくれたり、身の回りのお世話をしてくれた頼りになる女性だ。

俺が宮廷錬金術師を解雇されたのを機に、自身も宮仕えを辞めてプルメニア村へと誘致してくれた人物である。

そして、今はただの錬金術師となった俺の助手兼、身の回りのお世話をしてくれるメイドだ。

フロアには陳列棚には大農園で収穫された野菜、果物、山菜、麦などといったものがズラリと並んでいた。

「これだけたくさんの種類の作物が並んでいる光景は壮観だね。帝都の市場にも匹敵するんじゃないかな?」

「単純な量では敵いませんが、季節外れの作物も揃っているので品数の豊富さでは上回っているかと」

錬金術によって品種改良を加えることで、俺は農業に適さない土地での栽培に成功した。

既存の作物の性質に縛られない栽培は、季節に関係なく作物を育てることができるというわけだ。

辺境の販売所なのに大国の首都の市場よりも品数が多いって、なんだか不思議な話だ。

「開店準備の方はどう?」

「できております。店員たちの準備も問題ありません」

メルシアの後ろには、グリーンのエプロンをした男女が六人並んでいる。

「イサギさん、私の異動を許可してくださりありがとうございます」

嬉しそうな笑みを浮かべて前に出てきたのはノーラだ。

「元からノーラさんは販売や経理といったものが得意でしたから適材適所ですよ」

他の五名は販売所を営業するにあたって雇用した店員だが、ノーラだけは従業員から店員へと異動させた形となる。これはノーラ自身が強く望んでいたことであり、俺とメルシアも望んでいたことだ。

ノーラの家は雑貨屋を営んでおり、彼女はそこで販売や経理などの仕事をこなしていた経験もある。

力仕事よりも、そういった内作業に適性があるのはわかっていたことだ。

「むしろ、今日まで力仕事に従事させることになってすみません」

「いえ、農作業の方も楽しかったですから気になさらないでください」

申し訳なく思いながら言うと、ノーラはクスリとした笑みをたたえながら答えた。

「ちなみに農作業の方に戻りたいとかいう気持ちはありますか?」

「微塵もありません」

笑みを浮かべながらの即答。

俺と同じくらいの体力と力しかないノーラは、よく作業中にばてていた。あそこに戻りたくないと思うのは当然だろうな。

「販売所の営業は任せてくださいな」

「ええ、頼りにしています」

他の店員はプルメニア村に住んでいるご婦人たちが中心なので、ほとんどが顔見知りだ。

従業員であるネーアやラグムントたちのようにガッツリと農園の仕事を行うわけではないが、販売所での接客、販売、品出しなどの業務を行ってもらう予定だ。

「では、早速開店といきましょうか。お客様をお出迎えしましょう」

今日は記念すべき販売所の開店日。外に並んでいるお客を出迎えるために、俺とメルシアと店員たちは入り口へと移動。

メルシアと顔を見合わせ、せーのでガラス扉を解放。

「お待たせいたしました。イサギ販売所の開店となります」

「「いらっしゃいませ!」」

メルシアとノーラが開店の声をあげ、店員たちが歓迎の声をあげて入り口で出迎えた。

なんだか自分の名前が入っていると恥ずかしい。

販売所の扉が開くと、外で待っていた村人たちが一斉にフロアに入ってくる。

幸いにして販売所はとても広く余裕もあるので、入場制限をかける必要はないだろう。

入ってきた客たちは販売所の雰囲気を楽しむように視線を巡らせ、陳列棚に並んでいる作物を思い思いに眺める。

並んでいた客がフロアに収納されると、出迎えていた店員たちはそれぞれの定位置に戻ったり、客への接客を始めていた。

店員も村人なのでお客である村人も気軽に質問したりしている。とてもいい雰囲気だな。

「開店おめでとう!」

フロアの様子を見守っていると、メルシアの母であるシエナに声をかけられた。

「お母さん」

「俺もいるぞ」

「見ればわかります」

娘に素っ気なく扱われて、ちょっと悲しそうな顔をする父であるケルシー。

ただ、父さんって呼んでほしかったのだろうな。

親から巣立ってしまった子供というのは、こんなものなのかもしれない。

「イサギ君、かなり賑わっているようだな」

「はい。想像以上の来店客に驚いています」

うちの大農園と村人の間では売買などが日常的に行われているので、販売所に関してそこまで大きな注目を集めないのではないかと思ったが、俺の予想は大きく外れて初日から賑わっている。

「立派な建物をしており、商品の品揃えが豊富ということも大きな要因だが、一番はイサギ君が築き上げてきた信頼があってこそだと思うぞ」

「……ありがとうございます」

ケルシーの賞賛に俺は目頭が熱くなるのを感じた。

「ねえ、イサギ君。この大きなイチゴはなにかしら?」

シエナが指さしたのは、握りこぶしほどの大きさをしている角ばったイチゴだ。

「ああ、それはロックイチゴです」

「聞いたことのない品種だわ」

「レムレス帝国にあるロックイチゴに品種改良を加えたものです」

これは俺が同時に品種改良を加えたものだ。

「へえー、結構値段が張るのね」

通常のイチゴが銅貨三枚なのに対し、ロックイチゴは銅貨八枚。値段の差に(うめ)いてしまうのも無理はない。

「ロックイチゴの成育には魔力が必要になります。ただ魔力を込めればいいというわけでなく、その日の状態を見て、繊細な魔力込めが必要となるのでイサギ様しか作ることができません」

「なるほど。育てるのが難しくて手間のかかるイチゴなのね」

メルシアの丁寧な説明をざっくりとまとめてしまうシエナ。

簡単に言うと、そういうことになる。

「高いけど、それに相応(ふさわ)しい美味しさがあるってわけよね?」

「そう自負しております」

「じゃあ、買っちゃうわ」

「ありがとうございます」

しっかりと頷くと、シエナはお買い物バッグにロックイチゴを入れてくれた。

きっと食べてくれればシエナは喜ぶに違いない。

そう思えるほどに品種改良した果物の味には自信があるからね。

「ところでさっきから気になっていたのだけれど、あっちのスペースはなんなの?」

ロックイチゴをバッグに入れてほどなくすると、シエナが尋ねてきた。

彼女の指さした先には、イスとテーブル、ちょっとした販売用のカウンターなどがあるが、仕切りで区切られているためにお客は入ることができない。

「あっちは農園カフェのためのスペースですね」

「農園カフェ?」

「大農園で収穫した作物を使った料理やお菓子、飲み物などを提供するカフェのことです」

「え! いいじゃない! すぐにでも開いてほしいわ!」

などと農園カフェの説明をすると、シエナが近づいてきてガッシリと肩を(つか)んできた。

「農園カフェを開くの? いいわね! とても素敵だわ!」

「開店したら毎日通うかも!」

それだけじゃなく、フロアで買い物に勤しんでいた他の女性たちもゾロゾロと集まってきてそんな声をあげた。

「そんな大きな声で話していたわけじゃないのに、なんでこんなに!?」

「獣人であれば、フロア内にある会話のすべてを聞き分けることも可能です」

驚く俺の隣でメルシアが冷静に説明してくれる。

恐るべし獣人の聴覚。

反対側の方にいた女性まで、わざわざこっちにまでやってくるなんて異常な食いつきだ。

「えっと、あくまで予定であって、まだ目途も立っていないんですが……」

「なら急いで!」

将来的にやれたらいいなと考えているだけで、今のところいつ開店させるかなんてことはまったく考えていなかっただけに強い要望に驚いてしまう。

「どうしてそんなに急いでいるんですか?」

「こんな田舎だと飲食店なんてほとんどないから、皆で気楽に集まれる場所もないじゃない? 私たちもオシャレなカフェで美味しい料理を食べながらお喋りとかしたいのよ」

シエナの言葉に後ろにいる女性たちが深く同意するように頷いた。

女性たちから数多(あまた)の視線が飛んでくる。とても圧が強い。

それほどプルメニアの女性にとって農園カフェは悲願のようだ。

助けを求めるようにケルシーに視線をやると、彼はぷいっと視線を逸らした。

特に夫として妻を(いさ)めたり、村長として俺に助け舟を出すつもりはまったくないらしい。

「では、皆さまのご要望にお応えして、早急な農園カフェの開店を目指します」

販売所の開店日に、もっとも強い盛り上がりを見せた瞬間だった。