「迎撃用の魔道具は作ってくれないかしら?」

レギナが真剣な表情で俺にそんな言葉を放った。

彼女が指している迎撃用の魔道具とは、帝国でいう軍用魔道具のことだろう。

生活を豊かにするための魔道具ではなく、人を傷つけるための魔道具。

俺が作るのをあまり好まない魔道具だ。

なぜならば、それは人々を幸せにしたいという俺の錬金術師としての方針と、真反対を突き進むものだから。

「ごめんなさい。イサギが人を傷つけるための魔道具を作るのが嫌いだって知っているのに、こんなことを頼むようなことをして」

「いや、レギナは悪くないよ。王女としてこの国を守るために必要なことを言っているだけだから」

俺がレギナの立場でも同じことを頼に違いない。

これから始まるかもしれないのは命を奪い合う戦争なんだ。作るのが嫌いだとかいう個人的な理由で放置していい問題ではない。

大人数での争いで活躍するのは魔法による範囲攻撃。

戦争で軍用魔道具がどれほどの効果を発揮するのかは、言うまでもないだろう。

ただでさえ、獣人は人間に魔力の保有量も劣っており、魔法の文化も遅れている。

魔法で太刀打ちするのは不可能に近い。そんな絶望的な差を埋めるのが、軍用魔道具だ。

軍用魔道具さえあれば、魔石の魔力が切れない限りは獣人でも魔法の力を振るうことができる。魔力の少ない獣人だろうと大魔法に匹敵する威力の攻撃を放つことができる。

そんな重要なものを使用しない手はない。

そんなものは俺が一番にわかっているはずだった。

「本来ならばすぐに作成に取り掛からないといけなかったはず。それをしていなかったのは俺が嫌なことから目を背けていただけにすぎないんだ」

「……イサギ様」

本当の意味で俺の覚悟は決まっていなかったのかもしれない。心のどこかでまだブレーキを踏んでいた自分がいた。

でも、そんな甘い気持ちじゃ大切な人を守れないんだ。

「もう目を背けるのはやめる。軍用魔道具を作るよ」

軍用魔道具だけじゃなく、武具、アイテム、あらゆるものを錬金術で作り上げて帝国に対抗する。それが俺のできる村の守り方だ。

「ありがとう、イサギ」

「礼を言うのはこっちだよ。レギナのお陰で目が覚めた」

彼女が意を決して言ってくれなければ、俺はズルズルと後回しにしていたかもしれない。

自分のできる最大限のことをせずに敗北したとあっては悔やんでも悔やみきれないし。

早めに気付かせてくれたことに感謝だ。俺は俺のできることのすべてやろう。

「早速、作ってみるよ」

そのために俺は先ほど強化したばかりの剣を取り、再び錬金術を発動。

作り出すのは剣に魔法の力を宿す魔法剣だ。

刀身に炎の魔法式を刻み始める。

魔力の偏りが出ないように集中。

込める魔力は常に一定で、ひと払いまでしっかりと意識して刻み込んでいく。

最後の文字を刻み終えると明滅し、刀身が淡い水色へと変色した。

魔法式と魔力が刀身にしっかりと馴染んだ証だ。

最後に魔法式が消えないようにしっかりとコーティングを施せば……。

「完成。氷結剣」

ただの魔力鉱でできた剣は、俺が魔法式を刻み込むことによって氷属性の力を宿した魔法剣へと姿を変えた。刀身は淡い水色に変化しており、ほのかに冷気が漂っている。

「続けて何本か作ってみようか」

氷結剣をメルシアに渡すと、二本目はマナタイトで加工された剣を手にして魔法式を刻み込む。

やっぱり、マナタイトは魔力鉱よりも魔力伝導率が高いので、魔力の馴染みもいいな。

しっかりと呼吸を意識しながら一文字一文字を丁寧に。ちょっとした文字や魔力の乱れが、そのまま武器へと影響するので片時たりとも気を抜くことはできない。

二本目も完成し、三本目、四本目にも着手していく。

半年ほどのブランクがあったが五本目にもなると、俺の身体も徐々に作り方を思い出してきたのか魔法式を刻む速度は最初に比べて二倍ほど早くなっていた。込められた魔力にムラなどは一切ない。

「とりあえずはこんなものかな」

氷結剣、雷鳴剣、火炎剣、風刃剣、土精剣といった各属性の魔法剣が完成した。

「えっ? 魔法剣ってこんなにも早くできるものなの?」

「もうちょっと数をこなせば、もっと早くなるよ」

「そ、そう」

たった五本ではウォーミングアップにもならない。

あと二十本ほど作れば、身体も温まってもっと早く生産できるようになると思う。

「二人ともちょっと魔法剣を使ってみてくれないかな? 久しぶりに作ったから感触を確かめておきたいんだ」

「あたしでいいのなら」

「もちろん、私も協力いたします」

「ありがとう。ここじゃ危ないし、砦の外で使ってみようか」

砦の内部にもちょっとした演習スペースはあるけど、今はそっちで訓練をしている村人もいるので使用することはできない。

魔法剣の危険性から砦の外で実験するのがいいだろう。

そんなわけで、俺とレギナとメルシアは魔法剣を手にして砦の外へ。

砦の外には谷底しかなくロクな障害物もなかったので、俺が錬金術を使用して土を隆起させ、五つほどの標的を作った。

「それじゃあいいかしら?」

「どうぞ」

「まずは火炎剣からいくわ!」

レギナが火炎剣を上段に構えて、ゆっくりと魔力を流していく。

赤い刀身から熱気が放出されると同時に勢いよく発火。燃え盛る炎が刀身をとぐろまく。

……うん、炎の発動もスムーズだし、制御もちゃんとできている。

火炎剣は正常に作動している。

「はっ!」

レギナがこちらに視線を送ってきたので、こくりと頷いてやると、彼女は勢いよく火炎剣を振り下ろした。

刀身を纏っていた炎が射出される。

勢いよく迸った炎の大砲は標的へと着弾し、爆炎を撒き散らしながら岩を破壊した。

「使い心地はどう?」

「バッチリよ! とても使いやすいわ!」

魔法剣を使って興奮しているのか、レギナは楽しそうに感想を述べた。

「では、私は雷鳴剣を……」

メルシアが翡翠色の剣に魔力を込めると、青白い雷の力が刀身にまとわりついた。

バチバチと音を立てながら雷を収束させると、メルシアは魔法剣を薙ぎ払う。

収束された雷が一気に解放され、一直線に突き進んだ雷は岩を貫通させた。

「さすがはイサギ様の魔法剣ですね。そこらのものとは物が違います」

刀身の電気を振り払いながらメルシアがうっとりとした様子で呟く。

「なんかメルシアとあたしで魔法剣の使い方が違う?」

レギナに手元にある火炎剣とメルシアの雷鳴剣を見比べながら言った。

一目見ただけでそのことに気が付くとはセンスがある。

「それは使い方の問題です」

「使い方?」

「魔法を放つ時と同じように魔力の操作をすることで変化を起こすことができます。私はただ雷を放つのではなく、一度収束させることによって威力と貫通力を高めました」

もちろん、魔法剣の属性によって威力などに変化が出るが、二人の威力に大きな差が出たのはそういった応用技術の差だ。

メルシアはあまり魔法が得意ではないが、俺の作った魔法剣をよく振っていたのでそういった運用は得意だ。

「あっ、本当だわ! 炎の威力が上がった!」

メルシアの解説を聞きながらレギナが火炎剣を振るうと、さっきに比べて炎がより大規模な大きさになって岩を呑み込んだ。

「魔力を限界まで収束させて解き放つイメージで操作すれば、爆破が強化されるよ」

「やってみる!」

アドバイスを送ってみると、レギナに実際にそのように魔力を込めて火炎剣を振るう。

すると、炎は控え目であったが、岩に着弾した瞬間に爆発を起こした。

「……すごい。魔法剣といってもこれだけ性質に変化を加えられるんだ」

「魔力の扱いに長けている人だからできる技術だけどね」

魔法の素養がなかったり、魔力操作に慣れていない一般の兵士ではこのような性質変化を起こすことはできない。この二人だからいとも簡単にできるだけ、難しい技術だ。

「こんなに使いやすい魔法剣は初めて」

「今までの魔法剣はどんな感じだった?」

「魔力を流した時の違和感があるっていうか、込めた魔力に対して起こる現象が小さいって感じ?」

「それは単純に錬金術師の技量でしょう」

「そうなの?」

「刻み込んだ魔法式の魔力が乱れていたり、魔法式そのものが間違っていたのかもしれないね」

魔法剣の要は刻み込む魔法式だ。

それに乱れがあれば、魔力を流す使用者が不快感を覚えたり、魔力のロスを感じるのは当然と言えるだろう。

仕組みが単純故に、製作者の技量が問われるのが魔法剣だったりする。

帝国では少しでも淀みがあれば、貴族や騎士団の方々が文句を言ってくるので大変だったものだ。そのお陰で鍛えられたとも言えるけどね。

「これだけ使い勝手がいいなら、自分で魔法を付与するよりもいいかもしれないわ」

ラオス砂漠にてレギナは大剣に炎を付与して戦っていた。

その一撃はとても強力でキングデザートワームを一撃で屠るほど。

「さすがにそれは言い過ぎだよ」

「あの技は連発できないし、人間を相手にするならこっちの方が魔力も抑えられるのよ」

確かにレギナのあの一撃は強力だが、人間を相手にするには明らかにオーバーキルだ。

逐一魔法を発動し、加減をしながら戦うよりも威力の調整が楽な魔法剣にしてしまう方がストレスなく戦えるのかもしれない。

「……ならレギナのために大剣用の魔法剣を作っておこうか?」

「ありがとう。とても助かるわ!」

お世辞などではなく本当に必要としているのであれば、錬金術師としてそれに応えるまでだ。