「俺は、花梨の兄だ。君は、モデルなんだろう? チェンの写真を見たよ。それに、昨日、君が、マリアとデートしている場面も見た」

「あ、あれは違います。マリアさんはモデル事務所の先輩ですよ」

 しかし、花梨の兄の目元は懐疑的な様子である。

「いいか、よく聞け。君は、挨拶代わりにキスをするかもしれないが、うちの妹はそうじゃない。真面目で純粋で世間知らずなんだ。だから、二度と妹には近づくな」

 ドンと、輝の肩を押して突き放している。

「いいか、絶対に近寄るなよ。許さないからな」

「誤解です。花梨のことは真剣に……」

「花梨?」

 輝が呼び捨てにした瞬間、花梨の兄の目付きが険しくなった。気に入らないとばかりに語気を強めている。

「馴れ馴れしく呼ぶな!」

 花梨の兄は、突然、倒れた輝の症状に疑問を抱いているのだ。花梨の兄は、これまでに輝と同じような急患を何人が診ている。どう考えても、あれは非合法な薬の中毒症状だ。俳優やモデルが、『ぶっ飛ぶ』クスリを楽しんだりしているというような噂を耳にしている。輝も、そういう類の奴に違いない。警察に突き出してやりたいが、マリアの知り合いなので迂闊なことも出来ない。

 偏見に凝り固まったままの状態でギロリとねめつけていく。

「おまえと妹は違う世界の人間なんだよ。いいな。そのことを忘れるな! 妹に相応しい奴はもっと他にいる」

 兄として妹を守りたい。それ故に言わずにはいられない。

「二度と近寄るなよ。もし近寄ったら、おまえを許さないからな!」

 それだけ言うと険しい顔で立ち去って行った。輝は、その後姿を見つめながら下唇を噛み締めた。悔しいけれど、言い返すべき言葉がみつからない。輝は、病院の白い壁を拳で叩くと憤りながら呻いた。
 
「……違う世界って何だよ?」

 ドンッ。ドン。ドンッ! 乱打せずにはいられなかった。なぜ、こんなふうに引き裂かれなくてはならないのだろう。

(何で、こうなっちまうんだよ?)

 禍々しい何かに道を遮られているかのようだった。ただ、好きな女の子に会いたいだけなのに、それを許さない人達がいる。そして、花梨からも避けられている。
 
 輝は袋小路の真ん中でもがいていた。
 
「何だよ……。クソっ。どうすればいいんだよ?」

    ☆

 輝は、とことん行き詰っていた。翌日になっても気が晴れなかった。朝から何度も繰り返して溜め息をついていた。花梨の兄から誤解を受けているようだが、言い訳も出来ない。

(未成年の飲酒はまずいよな……。なんで、酒なんて出すんだよ)

 確かに、マリアの唇が自分の唇と重なったことを覚えている。あれは、他人から見ればキスだ。花梨の兄に見られたのなら何と思われようと仕方ない。

 自分が花梨の兄の立場なら同じように呆れてしまったに違いない。