輝は薄目を開けて小さく瞬きをする。顔を歪めて頭を振りながら困惑していたが、マリアと目が合うと不思議そうに呟いたのだ。
 
「マリアさん、ここはどこですか?」

「病院よ。あなたは気を失ってここに運ばれたの。落ち着いたなら、明日にでも退院すればいいって、医師がおっしゃったの。頭が痛いのよね。お水を飲みなさい」

 輝は、スマホに目を向けていく。倒れたのは昨夜の十時頃だった。あれから、もう十二時間も過ぎている。午前十時……。朝でもなければ昼でもない。中途半端な時間に目が覚めたので食事をどうしようかと迷っていると、マリアが快活な声で言った。

「お腹がすいたのね? 何が食べたいものは? 何か持ってきましょうか?」

「俺は何でもいいです。ていうか、俺、帰らないと……。母親が心配していますから」

「親御さんには連絡しておいた。撮影で遅くなるからホテルに泊めたと言っておいたわ」

 今日は日曜日。学校は休みだ。

「あっ、そうだわ。実は、この病院にうちの弟も入院しているのよ。あの子、子供の頃から病弱でおとなしい子なの。聡明で知的な子よ。それなのに、どうして、あんなひどい目に合うのかしら……」

 マリアの弟が癌だということは耳にしている。以前、車の中で顔を合わせている。直接、会話をした事はないけれど、感じのいい優しそうな人だった。

 けれども、花梨と彼が二人でいるところを見ると輝は正気を失いそうになるのだ……。

 マリアは、ペットボトルの水をグラスに注ぐと輝に手渡した。

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

「最近、花梨さんが見舞いに来てくれるおかげで弟は幸せそうに笑うこともあるの。ほら見て、今日も来てくれているわ」

 ここは三階だ。マリアがカーテン開いた。輝の頭の中は真っ白になる。中庭の向こう側を指差して微笑んでいる。外来の診察がないので日曜日は静かだ。

「ほら、あの二人ってまるで恋人同士のようだわ……。いい雰囲気でしょう?」

 車椅子に乗ったケイと、その背後に立っている花梨。大きな木の下で木漏れ日を浴びながら何か話している。ケイが手を伸ばして花梨の髪の先についた枯れ草をとりはらっていく。

 ありがとうと、はにかむようにして微笑み返す花梨がいる。彼等は一枚の絵のように美しい。二人とも、草花のようにたおやかで、まるで、楽園に舞い降りた天使のようだ。

     ☆

「あっ……」

 輝は、どういう訳か焼け付くような感情を感じて、反射的に目を粒っていた。嫉妬しているのだろうか? いや、そんな感情とも違う。言い知れぬ感情が自分に貼り付いてヒリヒリしている。

(何だろう? むしろ罪悪感に近いような気がする……)