エレノアはそう言ってアルブから離れようとする。戻れば、父親も海賊アルブの追跡になど興味をなくす。そして、アルプは殺されずに済む。エレノアはそう思ったのだ。海軍は、海賊の討伐よりも他国の艦を襲撃することに忙しい。

『わたしさえいなければ、あなたはきっと逃げ切れるわ。分かってよ! 一緒にいたら、あなたが不幸になることはよく分かっている!』

 エレノアはアルブを死なせたくないと何度も叫ぶ。

(しかし、彼女を不幸にしているのは俺なのだ……。それでも離れたくない。愛している。愛しい、愛しい娘……)

 一日の終わりに髪を撫でて優しく口付けたいとアルブは切望する。この娘だけを愛し続けたい。それが罪だというならば罰を受ける覚悟も出来ている。

 輝は、台本の世界に没頭していたのだが、いつのまにか熱く語りだしている。

「うわー。もどかしいですよ。アルブは死ぬことなんか怖くなかった。アルブが恐れたのは、エレノアを失うことだけなのに、エレノアはアルブを救う為に嫌いになろうとして当り散らすんですね。ああ、ほんと、じれったいな」

 知らず知らずのうちに興奮している。

「こいつは、ほんの一瞬でも愛し合った記憶があれば、もうそれで良かったんですよ!」

 だから、こいつは微笑みながら死んでいく。あいつは出会えた奇跡に感謝していたんですよ。あいつにとって、愛がすべてだった……。

 そう言おうとした。それなのに、ぜか、唐突にガクっと膝の力が抜けていた。
 
(なぜだ? なぜだ!)

 輝は、頭の奥がズキッと激しく脈打つのを感じていた。瞼が重く閉ざされていく。酒を飲んだ訳でもないのに脚がふらつく。しかも、動悸が激しくなり眩暈がする。ひどく息苦しいのだ。

「あら、どうかしたの?」

 マリアは、ちょっとからかうように小さく微笑んでいる。

「……すみません。俺、眩暈がするんです。立つのも辛いんです」

 すると、マリアは輝の横顔に頬を寄せながら囁いていた。

「しばらくここで休めばいいわ。部屋をとってあげるわね」

「えっ……?」

 次の瞬間、マリアの唇が輝の唇に重ねられていた。蝶のように美しい女。記号のような艶やかな赤い唇が輝の悪底に眠る記憶を呼び起こしていく。

(……ずっと前にも、こんなことがあったような気がする。前にも、俺を酔わせてキスした女がいて……)

 どうしてなのだろう。奇妙な懐かしさを感じる。長い口付けの後で、マリアは輝の腰に手をまわしながら囁くようにそっと告げていく。

『さぁ、行きましょう……』

 行くって何処へ? よく分からないまま、輝はよろめきながら歩き出そうするが、頭の中で何かがズキズキと鋭く脈打ち視界が脆く崩れている。

(いてぇっ……)

 もうダメだ。頭が痛くて吐きそうだ。

「きゃーーーーーーーーーっ!」