花梨のことで悩んでいるというのに、輝は、マリアに呼び出されていた。
 
「はぁ、賠償金ですか……?」

 ユウジの怪我のためにマリアが大金を支払ったと告げられて輝は困惑していた。

「ねぇ、この穴埋めの為にも、あなたには働いてもらわなければならないわ。あなたは嫌がっているけれど、この仕事を受けてくれないかしら?」

 輝は辞めたいと思っている。それなのに、マリアはモデル以外の仕事もやらせようとしている。

「もちろん、何らかの形でお金を稼ぐつもりでしたが、それは無理ですよ。役者なんて絶対に無理です。舞台の裏方の仕事なら喜んでやりますけど……」

 輝は、海賊の島の脚本を手渡されて戸惑ってしまう。

「ほんの二、三個、台詞があるだけなのよ。あなたの役は海賊アルブの部下の若者の役よ。ねぇ、試しにやってみなさいよ。あなた、もっと、自分の可能性っていうものを探求するべきだわ」

「……でも、俺、本当に無理です」

「いいから、脚本を見てみなさいよ」

 困惑しつつも、その脚本を広げて目を通していく。

『オレは海賊だ。手綱を付けられて生きるなんてまっぴらだ! 短い人生、俺は、この海を駆け抜ける!』

 台詞を眺めているうちに既視感のようなものがこみ上げてくる。

「ねぇ、マリアさん。これって有名な話なんですか? どっかで聞いたことがあるような話ですね。実話ですよね?」

「弟のケイが書いたの。フィクションよ」

 マリアは綺麗な夜景の見える高層ホテルのバーに輝を呼び出しているのだ。もちろん、輝は高校生なので酒は飲めない。オレンジジュースを飲みながら、夢中になって脚本を読みふけった。

 海賊の気持ちが分かる気がする。海賊の焦燥感が分かる。好きだった女の子がマリアの弟と婚約していると聞かされてく動揺してしまった。あの日の胸の痛みは今も覚えている。

「あー。この海賊のアルブの気持ち、俺、分かる気がするなぁ」

 ゴクゴクッ。自然と喉が渇く。輝はいつのまにか台本を読み終えていた。

「身分が違うと分かっていても想わずにはいられないっていうのは分かりますよ。一緒にいたいって思うし、どこまでも逃げようって思うだろうなぁ」

 束の間の幸福な日々。海賊の隠れ家で二人は何度も抱き合いキスをする。

『アルブ、この傷は何なの?』

『ああ、これか? おまえ、よく気がついたな。これは、子供の頃に犬に噛まれた痕だ。でも、ほとんど消えているぜ』

 台本を読んでいるうちにハッとなっていた。一生懸命に思い出そうとする。

(あっ、そうか。似た様なことを花梨と浜辺で話したんだっけな……)

 けれども、それだけじゃない。もっと他にもあるのだ。

『わたしは、あなたが酷い目に合うのが嫌なの!』